受け継がれる痛みの会計学
自分がされて嫌だったことを、なぜ他者に繰り返してしまうのか。この古くて新しい問いに対し、多くの人は「心の傷」や「悲しい連鎖」という言葉で納得しようとする。しかし、その温かな理解の裏側には、冷徹な帳尻合わせの論理が隠されている。本稿では、日常に潜む役割の交代劇を紐解き、私たちが無意識のうちに行っている精神的な補填の正体を明らかにする。
- キーワード
- 連鎖、役割、清算、日常の風景
古い鞄の持ち主
ある男が、使い込まれた革の鞄を持っていた。その鞄は、彼がまだ駆け出しの頃、当時の厳しい上司から譲り受けたものだった。上司は事あるごとに彼を呼びつけ、その鞄を乱暴に机に叩きつけながら、彼の未熟さをなじった。鞄の角が擦り切れるたびに、男の心もまた少しずつ削り取られていった。男はその鞄を、そして何よりその鞄と共に浴びせられる言葉を、心底から嫌っていた。自分なら、あんな態度は決して取らない。そう固く心に誓っていたはずだった。
年月が過ぎ、男は部下を持つ立場になった。ある朝、彼は新人の些細なミスを見つける。その瞬間、男の手は無意識に机の上の鞄を掴んでいた。そして、かつて自分があれほど憎んだあの乾いた音を、部下の目の前で再現したのである。新人の怯える顔を見て、男は奇妙な安らぎを覚えた。かつて自分が支払わされた屈辱が、この音と共にようやくどこかへ消えていったような、そんな錯覚だった。
私たちは、こうした光景を「負の連鎖」と呼ぶ。加害者は、かつては無力な被害者であり、その時に負った心の傷が癒えないまま、反射的に同じ過ちを繰り返してしまうのだ、と。そこには、どこか悲劇的な、そして同情を誘う物語が添えられている。傷ついた人が、その傷の深さゆえに自分を制御できなくなる。誰もが「仕方がないことだ」と頷き、カウンセリングや相互理解という名の、優しい毛布を差し出そうとする。
帳簿に記された数字
しかし、その優しい毛布を一枚剥がしてみると、そこには驚くほど事務的で無機質な景色が広がっている。男が部下をなじったのは、制御不能な心の叫びなどではない。もっと単純な、天秤の操作に過ぎない。
男は、若い頃に多大な精神的なエネルギーを奪い取られた。それは、返済のあてのない借金を背負わされたようなものだ。この目に見えない負債を解消するには、二つの道しかない。一つは、自分で働き、自分を鍛え、長い時間をかけてその欠損を埋めていく、ひどく骨の折れる道。もう一つは、自分より立場の弱い者に、同じだけの重荷を背負わせることだ。
かつての自分が「十」の苦しみを受けたのなら、今の自分が誰かに「十」の苦しみを与える。すると、世界における自分の位置は、相対的に元に戻ったように感じられる。これは、自分の銀行口座から消えた金を、道ゆく他人のポケットから抜き取って補填する行為と何も変わらない。それを「トラウマ」という便利な言葉で包み隠しているだけなのだ。
私たちが「教育のため」や「しつけのため」と称して振るう振る舞いの多くは、実はこうした会計処理の一部である。過去に自分が支払わされた不当な対価を、無関係な第三者に支払わせることで、自分の帳簿を強引に黒字に書き換える。そこには「学習」や「模倣」といった受動的な要素よりも、はるかに積極的で、計算高い選択が存在している。
鏡の向こうの清算人
この清算の仕組みが恐ろしいのは、それが社会という集団の中で、一種の安定をもたらしている点にある。もしも、全員が「自分がされた嫌なことは絶対にしない」という困難な返済の道を歩もうとすれば、社会には癒えない傷を抱えた人々が溢れかえるだろう。それは非常にコストのかかる、高潔すぎる社会だ。
対して、受けた苦しみを次へと流していく仕組みは、驚くほど円滑に回る。加害者は、他者に役割を押し付けることで、自分を「被害者」という不名誉な地位から解放する。新しく役割を押し付けられた者は、また次の誰かを探し始める。こうして、苦しみの総量は変わらないまま、その持ち主だけが入れ替わっていく。この「役割の交代」が行われている限り、少なくとも加害者の精神は、崩壊を免れることができる。
つまり、人は「されて嫌だったから繰り返す」のではない。「されて嫌だったからこそ、それを他人に押し付けることの有効性を、身をもって知っている」のだ。嫌悪感こそが、その道具の威力を証明する何よりの証拠となっている。私たちは、その道具を大切に保管し、いつか自分がそれを使う側に回る日を、心のどこかで待ち望んでいるのかもしれない。
明日のための道具箱
結局のところ、あの鞄の持ち主だった男はどうなっただろうか。部下を怒鳴りつけた夜、彼は久しぶりに熟睡することができた。翌朝、彼は昨日よりも少しだけ自信に満ちた顔で出社する。鏡の中の自分を見つめ、彼はこう思う。「自分も苦労して今の地位を築いたのだ。あの程度の厳しさは、新人のためにも必要な通過儀礼だ」と。
かつての自分が流した涙は、今や彼を正当化するための強力な武器に変わっている。彼はもう被害者ではない。正当な理由を持って、他者を管理する「厳格な上司」になったのだ。こうして、彼は自分の過去を肯定することに成功する。自分が受けた理不尽を、必要な経験として上書きするために、彼は部下を理不尽に扱い続ける。
部下はやがて、男と同じように鞄を買い換えるだろう。そして、自分より若い誰かが現れるのを、静かに、そして忍耐強く待つようになる。それがこの世界で生き残るための、最も効率的で、最も確実な計算方法であることを、彼もまた骨の髄まで理解してしまったからだ。この物語に終わりはない。ただ、帳簿の数字が別のページへと書き写されていくだけなのだから。
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