幸福なカプセルと、設計図の書き換え

要旨

自分の境遇を「運の悪さ」に求める声は、現代の街角にあふれている。それは自分を責めずに済むための、静かで優しい処方箋のように見える。しかし、その処方箋の裏には、ある冷徹な等式が隠されている。不運の犠牲者という立場を選び取った瞬間、人は未来の加害者となる権利を無意識のうちに手にしているのだ。物語の終わりには、誰もが同じカプセルを飲み込み、そして次の世代へ手渡していく光景が待っている。

キーワード
初期設定、不運の連鎖、責任の不在、幸福の演算

空から降ってきたカプセル

ある晴れた午後、人々は街のあちこちで小さなカプセルを拾い始めた。そのカプセルの中には、色とりどりの液体が入っている。ある人のカプセルは黄金色に輝き、別の人のそれは泥のように濁っていた。このカプセルを飲み込むことで、その人の人生の大部分が形作られてしまうという噂が広まった。

黄金のカプセルを拾った者は、何不自由ない家並みを歩き、高度な知性と恵まれた容姿を手にいれる。一方で、濁ったカプセルを手にした者は、荒れた路地裏で寒さに震え、明日の食事さえおぼつかない日々を過ごすことになる。いつしか人々は、この不公平な配分を「カプセルの当たり外れ」と呼ぶようになった。

人々は嘆いた。自分がこの暗い路地にいるのは、ただ運が悪かったからだ。選んだ覚えのないカプセルが、自分の足取りを重くしている。そう考えることは、彼らにとって唯一の救いだった。努力が足りないわけでも、性格に難があるわけでもない。ただ、配給の列で並んだ場所が不運だったのだ。この考え方は、冬の寒さを和らげる毛布のように、彼らの心を優しく包み込んだ。社会の冷たさを呪う正当な理由が、そこにはあった。

設計図への依存

しかし、その毛布は次第に肌に張り付き、彼らの身体の一部になっていった。自分が「不運の犠牲者」であるという定義は、あまりに心地よかったからだ。不運という言葉を盾にすれば、あらゆる失敗は自分のせいではなくなり、あらゆる停滞は仕方のないこととして処理される。

ある日、一人の若者が不思議な機械を見つけた。それは、新しいカプセルを作り出す機械だった。彼はそれまで、自分に濁ったカプセルを与えた「配給係」を恨んで生きてきた。不公平なシステムを呪い、自分がいかに不当な扱いを受けているかを説いて回った。だが、いざ自分が機械の前に立ったとき、彼の指先は微かに震えた。

彼は気づいてしまったのだ。自分がこれまで唱えてきた「すべては運である」という論理は、これから自分が作り出すカプセルに対しても適用されなければならない、という事実に。もし彼が作り出すカプセルが濁っていたとしても、それは彼が悪いのではなく、単に機械の性能や、その時の確率の問題として処理されるべきなのだ。

不運の定義 = 過去への免罪符 + 未来の放棄

この等式が、彼の脳裏に焼き付いた。自分が被害者であると叫ぶ声が大きければ大きいほど、彼は将来、不完全なカプセルを子に手渡す瞬間の自分を、あらかじめ許してしまっていることになる。

確率という名の無機質な壁

彼は機械を動かし始めた。数十年後、彼の傍らには、自分と同じように濁ったカプセルを手にした若者が立っていた。若者はかつての彼と同じように目を潤ませ、この不条理な運命を嘆いた。「なぜ僕だけが、こんなハズレを引かなければならなかったのか」と。

かつての被害者は、今やカプセルの送り主として、その言葉を静かに聞き流した。驚くべきことに、彼の心には何の痛みもなかった。罪悪感すら湧いてこなかった。なぜなら、彼にとって人生とは、意志や愛によって築かれるものではなく、単なる「確率の収束」に過ぎないからだ。

彼がかつて自分の親を許さなかったのは、親に意志があったと信じていたからだ。だが、自分自身が確率の奴隷であることを認めてしまった今、目の前の若者の苦しみもまた、統計上のエラーとして片付けられる。彼が注ぐべきだった愛情も、かけるべきだった言葉も、すべては「ガチャの結果」という大きな言葉の中に溶けて消えた。

若者が努力をやめ、路地裏に座り込む姿を見て、彼は満足げに頷いた。それは「合理的」な判断だ。初期設定が間違っているのなら、そこでリソースを浪費するのは愚かな行為だ。彼は自分の経験を正しく次世代へ移送したのだ。

無人の配給所

街は、カプセルの色について語り合う人々で溢れかえっている。誰もが自分を「引いた側」の人間として語り、自らの足跡を消していく。そこには、自分の足で歩こうとする主体の姿はどこにもない。

いつしか配給所からは人の姿が消え、ただ機械だけが規則正しい音を立ててカプセルを吐き出し続けている。人々は、その機械が誰によって作られ、誰がスイッチを押したのかを問うのをやめた。自分たちがそのスイッチに指をかけているときでさえ、彼らは自分を「運命に翻弄される犠牲者」だと思い込むことに成功した。

「ああ、またハズレだ」

どこかで誰かが呟く声がする。その声は、かつては悲痛な叫びだったが、今では退屈な事務連絡のように乾いている。彼は次の世代の分まであらかじめ用意された免罪符をポケットにねじ込み、静かに目を閉じた。物語はここで終わる。あるいは、無限に繰り返される確率の演算の中に、永遠に閉じ込められる。

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