宴会場に残された古い鍵
若い社員は付き合いを嫌っているのではない。むしろ昔より慎重になっただけである。かつて会社と人との間には、長い年月をかけて続く約束が存在した。その約束の中で、夜の集まりも意味を持っていた。しかし約束が消えた後も、集まりだけが残った。すると人々は飲み会そのものではなく、その背後にある奇妙な不一致に反応し始めた。これは人間関係の話に見えて、実は約束の話である。
- キーワード
- 飲み会、会社文化、約束、忠誠、共同体、時間、評価、古い鍵
静かな宴会場
ある町に大きな宿があった。
その宿は長いあいだ繁盛していた。若い者は宿に入ると、よほどのことがない限り最後までそこに勤めた。主人は部屋を与え、食事を与え、年を取ればそれなりの場所も与えた。
その代わり、宿の者たちは主人の呼びかけに応じた。
仕事が終われば宴会場に集まり、酒を飲み、話をした。
誰もそれを不思議とは思わなかった。
宿が人生のかなりの部分を引き受けていたからである。
宴会場はただの娯楽施設ではなかった。そこで顔を覚えられ、信頼を得て、将来の居場所を確かめた。昼の仕事と夜の付き合いは別々のものではなく、一続きの道だった。
やがて時代が変わった。
宿の主人たちは話し合いを始めた。
部屋を減らそう。
約束を短くしよう。
先のことは分からないのだから、その都度考えよう。
そう決まった。
それ自体は不思議な話ではない。川の流れが変われば船の形も変わる。
宿もまた変わっただけだった。
ただ一つだけ変わらなかったものがあった。
宴会場である。
壁に掛かった鍵
宴会場の入口には古い鍵が掛かっていた。
昔からある鍵だった。
その鍵は目に見えない扉を開く。
宴会に出る者は主人から覚えられる。
先輩と親しくなる。
困った時に助けてもらえる。
将来の席順にも少しだけ影響する。
そう信じられていた。
そして実際、それは長いあいだ事実だった。
だが宿が変わったあとも、鍵だけは同じ場所に掛かっていた。
若い者たちはその鍵を見た。
そして妙なことに気づいた。
鍵は残っているのに、開くはずの部屋が消えているのである。
主人は言った。
「宴会場は大事だ」
「人との縁は大事だ」
「同じ屋根の下で働く仲間だ」
若い者たちは否定しなかった。
縁が大事であることは知っていた。
仲間がいることも理解していた。
だが彼らは別のことを考えていた。
もし明日、この宿を出ることになっても不思議ではないのなら、その宴会場は何を保証してくれるのだろう。
もし十年後の席が約束されていないのなら、今夜の席にはどれほどの意味があるのだろう。
彼らは酒を拒んでいたのではない。
人を拒んでいたのでもない。
ただ鍵穴の消えた鍵を差し出されて戸惑っていた。
誰も嘘をついていない町
町の面白いところは、誰も露骨な嘘をついていないことだった。
主人も本気で宴会場を大切だと思っていた。
古参の者たちも本気で若者を誘っていた。
だから話はややこしくなった。
人は利益のためだけに動くわけではない。
長年の習慣を、そのまま正しさだと感じる。
昔うまく動いていた仕組みは、条件が変わっても長く残る。
宴会場もそうだった。
かつては宿全体を支える柱の一部だった。
だから柱だけを見れば立派に見える。
しかし屋根の形が変われば、柱の役目も変わる。
若い者が見ていたのは柱ではない。
建物全体だった。
古参の者が見ていたのも柱ではない。
だが彼らは昔の建物を記憶していた。
同じ景色を見ているようで、実際には違う建物を見ていたのである。
- 古参の者は、かつての約束を記憶している。
- 若い者は、現在の約束だけを見ている。
- 主人は、その中間に立ちながら昔の便利さを忘れられない。
だから会話はすれ違う。
ある者は付き合いの話をする。
ある者は時間の話をする。
ある者は人情の話をする。
しかし実際には、誰も約束の話をしていない。
肝心の部分が抜け落ちているのである。
最後まで回らなかった鍵
ある夜、宴会場には空席が目立った。
主人は少し寂しくなった。
昔なら若い者たちで賑わっていたはずだった。
だが席は埋まらない。
料理も酒も十分にある。
笑顔で迎える者もいる。
それでも空席は残った。
主人は壁に掛かった鍵を見た。
立派な鍵だった。
磨かれている。
重みもある。
昔は確かに多くの扉を開いた。
しかし今夜、その鍵は誰の手にも取られなかった。
若い者たちは鍵を嫌っていたわけではない。
ただ知ってしまったのである。
鍵が古くなったのではない。
鍵の向こう側にあった部屋が、ずっと前になくなっていたことを。
翌朝、主人は宴会場を歩いた。
静かな床に昨夜の足跡が残っている。
その中に若い者たちの足跡は少なかった。
彼らは人嫌いになったわけではない。
町には友人がいる。
恋人もいる。
別の場所では笑い合っている。
だから問題は人間関係そのものではなかった。
宴会場に来ない理由を探し続けた主人は、最後に壁の鍵を見上げた。
そしてようやく気づいた。
若い者たちは扉を閉ざしたのではない。
もう開かない鍵を受け取らなくなっただけだった。
コメント
コメントを投稿