ガラスの傘を持つ人々

要旨

町には奇妙な流行があった。雨の日に傘を捨てることが高尚な振る舞いとされたのである。しかし、その流行を広めた人々は濡れなかった。彼らは目に見えない傘を持っていたからだ。雨を歓迎する言葉は広場を満たしたが、実際に雨を受ける者と、それを眺める者は同じ場所に立っていなかった。これは善意の話ではない。立ち位置の話である。

キーワード
雨、傘、評判、見物人、広場、流行、立場、隔たり

曇り空の祝祭

町の中央には大きな広場があった。

毎週日曜日になると、人々はそこへ集まり、何かしら新しい流行を称賛した。去年は無地の服だった。その前は四角い帽子だった。流行はいつも穏やかに始まり、静かに消えた。

ある年の春、新しい流行が現れた。

それは傘を持たないことだった。

最初に言い出したのは丘の上の人々だった。丘の上には大きな家が並び、窓は磨かれ、庭木は整っていた。彼らは広場へ降りてきて言った。

「雨を恐れる時代は終わった」

「濡れることを受け入れよう」

「傘は人を分断する」

人々は感心した。

なるほどと思った。

確かに傘を持つ者と持たない者は違って見える。雨を避ける者より、雨を受け入れる者のほうが勇敢にも見えた。

やがて広場では傘を持つことが少し恥ずかしい行為になった。

誰も命令はしていない。

ただ空気が変わった。

傘を畳んで歩く者は拍手を受けた。傘を開く者は説明を求められた。

流行は順調だった。

少なくとも最初のうちは。

濡れない人々

夏の終わりに長雨が来た。

広場の石畳には水が溜まり、商店街の軒先には人が押し寄せた。

そこで奇妙なことが起きた。

傘を捨てる運動を熱心に語っていた丘の上の人々が、なぜか濡れていなかったのである。

彼らは駅まで屋根付きの車で移動した。

子どもたちは雨の届かない校舎へ通った。

買い物は届けられた。

仕事は暖かな部屋で済んだ。

雨は降っていた。

だが彼らの頭上には落ちなかった。

一方で川沿いの地区では違った。

配達人は雨の中を走った。

工場へ向かう人々は朝から濡れた。

店先に立つ者は閉店まで雨を受け続けた。

彼らは傘を捨てる流行に従ったわけではない。

ただ従わなければ古い人間に見えた。

だから従った。

町の誰も、その違いについて大きな声では語らなかった。

なぜなら広場では別の話題が人気だったからである。

雨を歓迎する言葉である。

雨を語る声の大きさ × 雨からの遠さ = 拍手の多さ

この式を誰かが書いたわけではない。

しかし広場を眺めていると、そんな仕組みがどこかに隠れているように見えた。

見えない傘の値段

さらに月日が過ぎた。

町では雨を愛する言葉が増え続けた。

詩人は雨を称えた。

評論家は雨の美しさを語った。

役人は雨との共生を掲げた。

どの言葉も立派だった。

そして不思議なほど似ていた。

ある青年が疑問を持った。

彼は丘の上へ向かった。

そして傘を捨てる運動の中心人物に尋ねた。

「あなたは雨が好きなのですか」

相手は少し考えた。

それから静かに答えた。

「好きかどうかは分からない」

「だが雨を歓迎すると言うことには価値がある」

青年は首を傾げた。

雨そのものではなく、歓迎すると言うことに価値があるとはどういう意味だろう。

その人物は窓の外を見ながら続けた。

「広場では皆が見ている」

「どんな服を着るか」

「どんな言葉を使うか」

「何を恐れないと言うか」

「それが人を測る目印になる」

青年はようやく理解した。

雨が重要なのではなかった。

雨について何を語るかが重要だったのである。

それは天気の話ではなく、札の交換だった。

目に見えない札だった。

その札を多く持つ者ほど広場で尊敬された。

そして雨を歓迎する言葉は、その札を増やしやすかった。

なぜなら本当に雨を受ける場所から遠い者ほど、堂々と語れたからである。

濡れるかどうかは問題ではなかった。

濡れずに語れることが価値だった。

届かない雨 + 美しい言葉 = 傷まない評判

ガラスの傘

冬の初め、町を激しい嵐が襲った。

いつもの雨とは違った。

風は看板を倒し、水は路地へ流れ込んだ。

広場は空になった。

人々は家へ戻った。

そのとき初めて、多くの者が気づいた。

丘の上の家々には巨大な温室があることに。

透明な壁と透明な屋根。

遠くからは見えない。

だが確かに存在する。

そこでは花が咲き、人々は濡れずに暮らしていた。

嵐の日も変わらなかった。

彼らは窓越しに雨を眺めていた。

そして変わらず語っていた。

雨を受け入れよう、と。

青年は広場に立ち尽くした。

怒ったわけではない。

騙されたとも思わなかった。

むしろ単純な事実を見た気がした。

町には最初から二種類の傘があったのである。

手で持つ傘と、持っていることすら見えない傘。

人々が捨てろと言われていたのは前者だった。

そして最後まで手放されなかったのは後者だった。

翌年の春、広場にはまた新しい流行が現れた。

人々はそれについて熱心に語った。

丘の上の人々も語った。

その頭上には、相変わらず透明な屋根があった。

コメント

このブログの人気の投稿

言葉が場を作る瞬間の錯覚

予定表の空白が怖い人間