普通という名前の高級品

要旨

街には「普通」という言葉が静かに浮いている。普通の暮らし。普通の会社。普通の結婚。だが、その輪郭を測ろうとすると、急に霧のように逃げる。ある若者は、周囲から「普通の条件」を聞かされ続けるうちに、自分が平均より下に沈んでいると思い込む。しかし統計を開けば、彼はむしろ中央にいた。いつから「普通」は真ん中ではなく、上の棚の商品名になったのか。その変化は、誰かが決めたわけではない。ただ、多くの人が、自分の欲しいものに「普通」という札を貼り始めただけだった。

キーワード
普通、中央値、婚活、期待値、比較、上方視線、条件、選別、幻想、言葉

静かな棚

駅前の喫茶店に入ると、窓際の席で二人の女性が話していた。片方が、結婚相手について語っている。

「別に贅沢したいわけじゃないの。普通でいいの。年収は六百くらいで」

向かい側の女性はうなずいた。注文したケーキを小さく切りながら、「それくらいは普通だよね」と答えた。

その会話を、背中越しに聞いていた男がいた。昼休みに来ていた会社員だった。年収は四百三十万ほど。派手な暮らしはしていない。家賃を払い、税金を払い、たまに古本屋へ寄る。数字だけ見れば、日本の真ん中あたりに立っている。

だが、彼はコーヒーを飲みながら、自分がずいぶん低い場所にいるような気がしていた。

その感覚は、最近ずっと続いていた。動画を開けば、「最低でも六百」。記事を読めば、「安定ラインは七百」。誰かの体験談には、「普通の人と結婚できて幸せ」と書かれている。そして、その「普通の人」は、都心の高層階に住み、休日は海外へ行き、車を持ち、犬を飼っていた。

男はある日、統計を調べてみた。そこには別の数字が載っていた。真ん中は、もっと低かった。

彼は妙な気分になった。

数字の世界では中央にいる。だが会話の世界では、下にいる。

真ん中の数字 × 繰り返される比較 = 下側へ押し込まれる感覚

それ以来、男は「普通」という言葉を見るたびに、値札の貼り替えを疑うようになった。

見本市の灯り

夜になると、街は小さな展示場に変わる。

料理の写真。旅行先の海。高層マンションの窓。誕生日に渡された箱。指輪。笑顔。誰かの成功だけが、画面の中で光っていた。

昔は、比べる相手が少なかった。会社の同僚。近所の家族。学校の友人。その程度だった。

今は違う。

指を滑らせるだけで、上の景色が無限に流れてくる。年収千五百万の男も、外資系勤務も、港区の夜景も、同じ平面の上に並ぶ。

人は、毎日見続けるものを、次第に現実だと思い始める。

広告が何度も流れる理由と同じだった。

最初は特別だったものが、やがて基準になる。

だから「普通」は、統計の中央から離れていく。目に映るものの中央へ移動する。

そして不思議なことに、その変化を誰も命令していない。

誰かが法律を作ったわけでもない。委員会が決めたわけでもない。ただ、人々が少しずつ高い棚を見上げ続けた結果、棚の高さそのものが地面になった。

喫茶店の女性たちも、自分を強欲だとは思っていない。

むしろ逆だった。

「私は普通を求めているだけ」

その一言によって、自分は慎ましい側に立てる。

もし「上位の男性が欲しい」と言えば、選ぶ側であると同時に、選ばれる側にもなる。だが「普通」という言葉を使えば、その緊張から降りられる。

普通という語には、奇妙な免罪符の働きがあった。

  • 欲しいものを、必要なものへ変える
  • 高い望みを、常識へ変える
  • 選別を、自然現象へ変える

男はそれに気づき始めていた。

透明な札

ある日、男は会社の飲み会に呼ばれた。居酒屋の奥で、後輩たちが結婚の話をしていた。

一人が言った。

「普通でいいって言うけど、その普通に入るの難しくないですか」

場が少し笑った。

だが、その笑いは妙に乾いていた。

誰も反論しなかったからだ。

別の男がビールを飲みながら言った。

「でもさ、自分も同じかも。美人がいいし、若いほうがいいし」

そこで会話は丸く閉じた。互いに望みがある。だからおあいこだ。そんな空気になった。

しかし男は、そこに小さなずれを感じていた。

若さや外見を求める男は、自分が高望みをしていることを比較的認めやすい。「理想高いね」と言われれば苦笑いする。

だが、年収の話になると空気が変わる。

急に「普通」という語が現れる。

その瞬間だけ、高い棚の商品に、透明な札が貼られる。

欲望 + 普通という名前 = 希望ではなく基準に見える

男は思った。

本当に恐ろしいのは、高い望みではない。

望みは昔からある。

恐ろしいのは、その望みが「最低限」という顔をして歩き始めることだった。

すると、真ん中にいる人間が、突然「不足」に変わる。

平均的な会社員が、「頼りない側」に落ちる。

統計は変わっていない。変わったのは、呼び名だけだった。

閉店後の照明

飲み会の帰り道、男は駅前を歩いた。

ショーウィンドウには、高価な時計が並んでいた。昔なら、一部の人間だけが買うものだった。

だが最近は、広告がこう言う。

「大人の標準」

「成功した人の普通」

男は立ち止まり、ガラス越しに時計を見た。

別に嘘は書いていない。

ただ、言葉の置き場所が変わっただけだった。

高級品を、高級品と呼ばなくなる。

その瞬間から、人は足りなさを感じ始める。

結婚の話も同じだった。

「普通」という柔らかい布をかぶせることで、上の棚の品物は、日用品の顔をする。

すると、届かない側の人間が、自分を欠陥品だと思い始める。

駅のホームで、男はスマートフォンを閉じた。

画面の中では、また誰かが「普通の幸せ」を語っていた。

その普通は、ずいぶん高い場所に置かれていた。

けれど、もう彼は知っていた。

あれは普通ではない。

高い棚の商品に、ただ小さく「普通」と書いてあるだけなのだ。

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