点数を育てる人々
ある町では、人々は自分自身ではなく数字を育てていた。数字は暮らしを便利にし、扉を軽く開き、待ち時間を短くした。誰も強制されてはいない。しかし数字が町じゅうの扉に結び付くにつれ、人々は善悪を考えるより先に数字の機嫌をうかがうようになる。やがて誰も数字の基準を知らなくなる。それでも数字だけは確かに存在し、人々はその変化に合わせて姿を変え続ける。これは支配の話ではない。支配者が消えた後にも続く服従の話である。
- キーワード
- 点数、扉、便利さ、順応、習慣、人物像、町、数字、静かな変化、服従
小さな札の重さ
町の人々は首から小さな札を下げていた。札には数字が書かれている。数字は毎日変わる。朝より昼が高いこともあれば、昨日より今日が低いこともあった。
最初、その札は単なる目安だった。列車の切符を買うとき少し早く順番が来る。荷物を借りるとき保証金が少なくなる。役所の窓口で待つ時間が短くなる。そんな程度だった。
人々は便利だと思った。
数字が高い人は得をした。数字が低い人は少しだけ損をした。しかし差はわずかだったので、誰も深く考えなかった。
町の広場ではよくこんな会話が聞かれた。
- 数字は目安に過ぎない。
- 良い暮らしを助ける道具だ。
- 後ろめたいことがなければ困らない。
それらは間違いではなかった。
実際、札は暮らしを滑らかにした。面倒な確認は減り、手続きは短くなった。町は以前より静かになった。
だから人々は札を疑わなかった。
疑う理由がなかったのである。
数字の好物
ある頃から、人々は数字の増やし方に興味を持ち始めた。
数字が高いと暮らしが少し楽になる。そのため町には数字の研究家が現れた。
朝早く起きると増えるらしい。
本を読むと増えるらしい。
決まった店で買い物をすると増えるらしい。
誰かがそう言った。
別の日には違う話が広まった。
本より散歩の方が良いらしい。
散歩より会話の方が良いらしい。
会話より静かにしている方が良いらしい。
何が正しいのかは分からなかった。
ただ、数字は確かに動いていた。
そこで人々は考え方を変えた。
なぜ数字が上がるのかを考えるのではなく、数字が上がった行動を真似するようになった。
すると不思議なことが起きた。
人々は自分の行動を説明できなくなったのである。
なぜその店へ行くのか。
なぜその時間に眠るのか。
なぜその趣味を続けるのか。
答えは単純だった。
数字が喜ぶから。
しかし数字が何を喜ぶのかは誰も知らない。
町の人々は数字の好物を知らないまま餌を与え続けていた。
扉の増殖
やがて町の扉は札と結び付いた。
最初は列車だけだった。
次に家だった。
次に病院だった。
次に仕事だった。
さらに学校や保険や旅行や配達まで続いた。
気付けば町のほとんどの扉が数字を見て開閉するようになっていた。
もちろん札を捨てる自由は残されていた。
誰も札を首に掛けろとは命じない。
ただ、札を外した人は扉の前で長く待つことになった。
借りられた物が借りられなくなった。
行けた場所へ行けなくなった。
会えた人に会えなくなった。
だから人々は札を外さなかった。
外せなかったのではない。
外す理由が見つからなかったのである。
ある老人が孫に尋ねた。
「おまえは良い人間になりたいのか」
孫は少し考えて答えた。
「良い数字になりたい」
老人は笑おうとしたが笑えなかった。
言葉の違いは小さい。
しかし意味の違いは大きかった。
良い人間になるには、自分で考えなければならない。
だが良い数字になるには、数字を見ればよい。
数字が代わりに考えてくれる。
もっと正確に言えば、考える必要そのものが消える。
町では善悪について語る人が減った。
代わりに数字について語る人が増えた。
かつて議論だったものは報告へ変わった。
かつて判断だったものは確認へ変わった。
かつて信念だったものは習慣へ変わった。
鏡の向こう側
ある日、町の管理人が発表した。
数字の計算方法は誰にも説明できないという。
管理人自身にも分からない。
計算はあまりに複雑になり、昨日の数字と今日の数字の差さえ完全には説明できなくなった。
町の人々は驚かなかった。
すでに説明など求めていなかったからである。
彼らが欲しかったのは理由ではない。
数字だった。
数字が高ければ十分だった。
その夜、一人の青年が鏡を見ていた。
彼は昔の日記を読み返した。
そこには好きなこと、嫌いなこと、なりたい人間の姿が書かれていた。
だが今の彼には、それらが少し遠いものに思えた。
彼は何年も自分を磨いてきたつもりだった。
実際には違った。
磨いていたのは自分ではなく札の数字だった。
彼は鏡を見た。
そこに映る顔は確かに自分のものだった。
だがその表情は、長い年月をかけて数字が作った顔にも見えた。
窓の外では多くの人々が歩いていた。
誰も同じ服を着ていない。
誰も同じ考えを持っていない。
それでも皆が同じ方向へ少しずつ傾いているように見えた。
青年はその理由を知っていた。
町には命令する王はいない。
厳しい教師もいない。
絶対の教えもない。
それでも人々は向きを揃える。
なぜなら彼らは同じ数字を見上げているからだった。
翌朝、青年は再び札を首に掛けた。
掛けない理由は見つからなかった。
そして札の数字は昨日より少し上がった。
彼は喜ぶべきなのだろうと思った。
だが、その感情が自分のものなのか、それとも数字のものなのかは分からなかった。
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