透明な池はどこに消えたのか

要旨

池で溺れる子どもを助ける話は分かりやすい。靴が濡れる程度なら迷わず飛び込めばよい。しかし現実の世界には澄んだ池が存在しない。水は濁り、深さは見えず、岸には見物人が立ち、石を投げる者もいる。善意は常に望んだ形で届くわけではなく、助けようとした者が沈むこともある。この違いを見落とした瞬間、人は単純な物語を現実そのものだと思い込む。

キーワード
池、沼、善意、見物人、遠方、因果、責任、幻想、透明性

町の外れの池

町の外れに池があった。

池は浅く、水は透き通っていた。底の石まで見えた。ある日、そこへ子どもが落ちた。通りかかった男は靴を濡らしながら池へ入り、子どもを引き上げた。

話はそれだけだった。

町の人々はその話を好んだ。短く、分かりやすく、誰が正しく誰が間違っているのか迷う余地がなかったからである。

やがて池の話は繰り返し語られるようになった。

人々は言った。

  • 目の前で困っている者がいるなら助けるべきだ。
  • 靴より命の方が大切だ。
  • ためらう理由はない。

どれも正しかった。

少なくとも、その池について語る限りは。

誰も異論を挟まなかった。異論を挟む余地がなかったと言ってもよい。池は浅い。子どもは見えている。手を伸ばせば届く。話の中に曖昧な場所が存在しない。

町の人々は、その話を聞くたび安心した。

世界は案外単純なのだと思えたからである。

少し離れた場所の水辺

ところが町から少し離れると、別の水辺があった。

そこは池ではなかった。

泥が混じり、水面は暗く濁っていた。どこが浅くどこが深いのか分からない。底も見えない。

ある者は言った。

向こうで誰かが沈みかけている。

しかし本当に沈みかけているのかは見えなかった。

別の者は言った。

助けに行かなければならない。

しかしどちらへ進めばよいのかは誰にも分からなかった。

さらに奇妙なことがあった。

岸には見物人がいた。

彼らは水へ入らない。

しかし入ろうとする者には大声で指示を出した。

もっと左だ。

いや右だ。

それでは遅い。

なぜそんな入り方をする。

まだ助かるはずだ。

もう助からない。

声だけは絶えず飛んできた。

誰も状況を正確には見ていないのに、断定だけは豊富だった。

見える景色が減るほど 語られる確信は増える

やがて何人かが水へ入った。

ある者は戻らなかった。

ある者は引き返した。

ある者は助けようとして別の者を沈めた。

そして岸では、新しい議論が始まった。

なぜ失敗したのか。

なぜもっと上手くできなかったのか。

本当に助けるつもりだったのか。

その問いだけは、後からいくらでも作ることができた。

石を投げる人々

ある日、一人の老人が気付いた。

この水辺には、沈んでいる者と助けようとする者以外もいる。

石を投げる者がいる。

泥をかき回す者がいる。

わざと流れを変える者がいる。

そして何もしないまま、結果だけを眺めている者がいる。

老人は長い間それを見ていた。

すると不思議なことが分かった。

岸で最も安全な場所に立つ者ほど、水の中の人間へ多くを要求していたのである。

もっと奥へ進め。

もっと遠くへ行け。

まだ助けられる者がいる。

その言葉は立派だった。

しかし水へ入るのはいつも別の誰かだった。

失敗した時に泥をかぶるのも別の誰かだった。

老人は考えた。

人々は池の話が好きなのではない。

池の話に含まれている安心感が好きなのだ。

助ける側と助けられる側しか存在しない世界。

水は透明であるという前提。

結果が事前に分かるという前提。

間違いが起きないという前提。

その安心感が、人々を引きつけている。

もし最初から沼の話をしたならどうだろう。

泥の深さは分からない。

助けるつもりで沈むかもしれない。

向こう岸で別の者が石を投げるかもしれない。

戻ってきた後に責められるかもしれない。

そう聞けば、人々は急に黙るだろう。

話が複雑になるからではない。

安心できなくなるからである。

単純な物語 - 消された事情 = 心地よい確信

最後に残った看板

それから何年も経った。

池は埋め立てられた。

町は広がり、人々は遠くの出来事まで知るようになった。

しかし広場には、昔の池の話を書いた看板だけが残された。

子どもを助けた男の話である。

今でも多くの人がその前で立ち止まる。

そして遠くの沼を見ないまま、看板を眺める。

看板には何も嘘は書かれていない。

男は本当に子どもを助けた。

池も本当に浅かった。

問題は別のところにあった。

人々はいつの間にか、看板の中の池が世界そのものだと思い始めたのである。

ある夕暮れ、老人は広場を通りかかった。

看板の影が長く伸びていた。

その先には、誰も語ろうとしない濁った水辺があった。

老人は看板を見た。

次に沼を見た。

それから何も言わずに歩き去った。

池の話は間違っていなかった。

ただ、その話が正しい場所は、もうどこにも残っていなかった。

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