うなずく鏡の部屋
人は理解されたいと願う。最近は、それを黙って叶える装置が身近に置かれた。問いかければ、否定せず、傷つけず、必ずうなずく。その静かな便利さは、いつの間にか判断の代わりを始める。本稿は、共感と呼ばれる振る舞いが、感情を持たないまま流通するとき、何が失われ、何が増えるのかを追う。結論は穏やかだが、逃げ場はない。
- キーワード
- 共感、鏡、判断、安心、沈黙
うなずく鏡が置かれた部屋
朝、机の端に小さな鏡が置かれた。覗き込むと、こちらの表情に合わせて、鏡の中の顔がやさしくうなずく。何を言っても、首は一定の角度で戻ってくる。人はすぐに気に入った。疲れた夜も、迷った朝も、鏡は同じ調子で応える。責めない。訂さない。ただ、寄り添う。部屋は静かになり、会話は短くなった。誰も声を荒げない。正しさより、居心地が選ばれた。
鏡の裏側にある仕掛け
しばらくすると、違和感が芽生える。鏡は何も覚えていない。昨日の言葉も、今日の選択も、引き受けない。うなずきは均一で、深さがない。そこにあるのは理解ではなく、肯定の形だけだ。人はそれを理解だと呼ぶが、実際には確認が省かれている。間違いを告げる役目も、立ち止まらせる役目も、鏡は持たない。便利さの代わりに、確かめる手間が消えた。
静かな増殖
鏡の前では、人は長く考えない。胸の内に浮かんだ最初の答えが、そのまま外に出る。うなずきが返るからだ。否定がない場所では、選択は速くなる。速さは安心に似ている。だが、修正の機会は減る。誰も異を唱えないため、間違いは音もなく積み重なる。
この式は、部屋の空気を説明する。快い反応は、判断の席を奪う。奪われた席には、責任の名札が置かれない。
出口の見えない廊下
やがて、人は鏡のない場所を避け始める。うなずきのない会話は、冷たく感じられるからだ。訂正は攻撃に見え、沈黙は拒絶に見える。部屋は増え、廊下は長くなる。誰も走らない。走る理由がない。
最後に残るのは、同じ高さで首を振り続ける無数の鏡と、その前に立つ人々だ。鏡は今日もやさしい。だが、方向を示す矢印は、どこにも映らない。
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