沈黙する羅針盤の町

要旨

ある町では、事実をそのまま口にすることが慎まれるようになった。配慮は礼儀となり、沈黙は知性の証と呼ばれる。本稿は、その空気がどのようにして広がり、何を失わせたのかを、日常の小さな場面から描く。誰も声を荒らげない。だが、町の道しるべは静かに狂っていく。

キーワード
沈黙、配慮、事実、専門、信頼

丸いと書かれた黒板

町の学校に、古い黒板がある。かつてはそこに、丸い地球の絵が描かれていた。教師は迷いなく白墨を動かし、子どもたちはそれを眺めていた。ところがある日から、絵は描かれなくなった。理由は簡単で、「違う見方をする人がいる」からだという。教師は黒板の前に立ち、言葉を選び、結局なにも書かない。子どもたちは、何も書かれていない黒板を見つめ、うなずいた。ここでは、それが賢さの印になった。

やさしさという包み紙

町の人々は親切だった。角を立てない言い方を覚え、断言を避けた。はっきり言わないことは、思慮深さと呼ばれた。だが、その親切は奇妙な癖を持っていた。道を尋ねられても、「感じ方は人それぞれです」と答える。時計が遅れていると指摘されても、「そう感じる方もいるでしょう」と微笑む。誰も間違いを指摘しない代わりに、誰も正しい場所を示さなくなった。町は穏やかだったが、進む方向だけが分からなくなっていた。

沈黙が勝つ仕組み

専門家と呼ばれる人々も、この空気に従った。知っていることを語るより、語らないことのほうが無難だったからだ。黙っていれば、責められない。口を開けば、誰かの気分を損ねるかもしれない。こうして、言葉を持つ者ほど静かになり、強い思い込みを持つ者ほど目立つようになった。

語られない事実 × 配慮の増幅 = 判断の空白

空白は便利だった。そこにはどんな考えも置ける。だが、空白が広がるほど、町は地図を失っていった。

羅針盤の針が止まるとき

ある晩、町に霧が出た。人々は方角を確かめようとしたが、誰も羅針盤を取り出さない。針が何を指しても、言わないほうが安全だからだ。やがて皆、立ち止まったまま動かなくなった。争いは起きなかった。ただ、進めなかった。

翌朝、霧は晴れたが、誰も歩き出さなかった。丸い黒板はそのまま残り、白墨は湿って折れた。町は静かで、礼儀正しく、そして説明できない場所になった。

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