税率を変えられない町

要旨

ある町では、数字を変えるだけの話が、なぜか毎回大騒ぎになった。役場は機械のせいだと言い、機械屋は帳面のせいだと言い、帳面をつける人間は通知の遅さを理由にした。誰も嘘はついていない。しかし、誰も原因を見ていなかった。町は便利になるほど、簡単な変更すら動かせなくなっていた。

キーワード
税率、町役場、帳面、機械屋、伝票、変更不能、責任転写、複雑化

町じゅうの値札

その町では、毎年のように値札の色が変わった。

青い札は八番、赤い札は十番、食べ物だけは別の棚札。古い八番札の横に、新しい十番札が貼られ、その上に「一部例外」の紙が貼られた。さらに数年後、「記録を残すための特別欄」が加わった。

商店の主人たちは、最初のうちは笑っていた。

「まあ、数字を書き換えるだけだ」

ところが、書き換える場所は毎回増えた。

  • 店頭の札
  • 帳場の箱
  • 納品の紙
  • 倉庫の台帳
  • 配送の控え
  • 古い機械の設定

しかも、どこか一つでも間違えば、あとで役場から封書が届いた。

「数字が一致していません」

その封書は妙に丁寧だった。だが丁寧なだけで、払う側の肩は軽くならなかった。

町の人々は、だんだん機械屋を頼るようになった。昔は鉛筆で済んだものが、今では箱型の機械を通さないと売上が閉まらない。

機械屋は忙しくなった。

役場が新しい札を決めるたび、町じゅうから電話が鳴る。

「うちの店、前の型でも動きますか」

「例外札の設定はどこですか」

「通知と実際の数字が合いません」

機械屋は黙って順番札を配った。

待っている店が多すぎた。

札が増えるほど、数字は軽くなり、変更は重くなる

静かな貼り紙

ある冬、景気が冷えた。

町役場の前には人が並んだ。

「数字を下げてくれ」

「少しでも買いやすくしてくれ」

役場の奥では会議が続いた。

やがて、広場に一枚の貼り紙が出た。

「変更には長い準備が必要です」

その下に、小さな字が並んでいた。

  • 機械の調整
  • 帳面の更新
  • 記録欄の再点検
  • 全店舗への通知

人々は最初、怒った。

「数字を変えるだけだろう」

すると役場の男が答えた。

「町には古い機械が多すぎるのです」

それは便利な答えだった。

怒りの向きが変わるからだ。

広場では、今度は機械屋が責められ始めた。

「なぜすぐ直せない」

「そんな箱しか作れないのか」

機械屋は黙っていた。

本当のことを言えば、もっと面倒になるからだ。

数字を変えるだけなら、一晩でもできる。

だが、その数字が町じゅうの紙と箱と棚と通知と控えに染み込んでいる。

ひとつ直せば、別の場所で食い違う。

しかも、間違えた時に怒鳴られるのは、数字を決めた役場ではない。

店頭で客に頭を下げる人間だった。

だから機械屋は、短い日数を言わなくなった。

「半年」

「一年」

長く言っておけば、あとで刺されにくい。

その知恵だけが町で育っていった。

誰も触らない机

ある日、一人の若い帳場係が気づいた。

役場の机だけが、昔のままだった。

札を増やすのは役場だった。

例外欄を足すのも役場だった。

特別印を作るのも役場だった。

だが、変えるたびに重くなる箱を持つのは町だった。

若い帳場係は、夜の倉庫で古い伝票を並べた。

十年前の紙は薄かった。

今の紙は、欄だらけだった。

確認印。

分類番号。

例外記号。

照合欄。

控え番号。

町は便利になったのではなかった。

「間違えた時に、誰を責めるか」

その道筋だけが増えていた。

決める者が遠ざかるほど、直す者の手間だけが積み上がる

翌週、役場はまた貼り紙を出した。

「機械更新への理解をお願いします」

誰も反論しなかった。

反論しても、明日の伝票は減らないからだ。

店主たちは新しい箱を買い、機械屋は眠らず働き、帳場係は夜中まで数字を合わせた。

役場だけは静かだった。

数字を決める仕事は、昼で終わるからだ。

最後の値札

数年後、その町では妙な噂が流れた。

「もう数字は変えられないらしい」

最初、人々は笑った。

そんな馬鹿な話があるものか。

数字だぞ、と。

だが、笑ったあとで、誰も机を叩かなかった。

本当は知っていたからだ。

数字は、とっくに数字ではなくなっていた。

棚にぶら下がり、帳面に染み込み、機械の奥に沈み、町じゅうの習慣に固まっていた。

役場の老人は、記者に向かってこう言った。

「変更できないのは、町の箱が古いからです」

翌日の新聞には、その言葉だけが載った。

箱を古くしたのが誰なのかは、どこにも書かれなかった。

町の人々は、その新聞で魚を包んだ。

そして、いつもの数字で会計を済ませた。

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