配られる傘の値段

要旨

雨が降るたびに、町には無料の傘が配られた。人々は親切な制度だと思っていた。だが、ある日、一人の男が気づく。雨が強くなるほど、傘を配る側の顔色が良くなっていることに。物価高対策という言葉は、災害への救済に似ている。しかし、もし災害そのものが、救済を配る側にとって都合のいい装置だったなら。人々は雨を止める者より、傘を渡す者に拍手を送る。静かな町で続くのは、そんな循環だった。

キーワード
円安、補助金、物価高、政治、幻想

雨の日の列

駅前では、毎月のように傘が配られていた。

最初は突然の大雨だった。輸入品が高くなり、食料品が値上がりし、ガソリン代が上がった。町の人々は顔をしかめたが、テレビは落ち着いた声で言った。

「これは経済が元気になる前触れです」

なるほど、そういうものかもしれないと人々は思った。難しい話は専門家に任せればいい。景気というものは、時々苦い薬を飲まなければ治らないのだろう。

しばらくすると、市役所の前で整理券が配られ始めた。電気代支援。燃料費支援。観光支援。運送支援。農業支援。商店街支援。名前は毎回違ったが、やっていることは似ていた。

列に並ぶ人々は安心した。

「ちゃんと助けてくれている」

雨の中で傘を受け取れば、誰だってそう思う。

だが、妙なことがあった。

雨が弱まらないのである。

むしろ、前より強くなっていた。スーパーの値札は毎週貼り替えられ、昨日まで百円だったものが百二十円になり、百五十円になった。財布は軽くなるのに、テレビでは「賃上げの兆し」という字幕が流れていた。

確かに給料は少し増えていた。

だが、買えるものは減っていた。

それでも、人々は怒らなかった。いや、正確には、怒りの向かう先がぼやけていた。値上がりは世界情勢のせいだと言われ、円安は必要な治療だと言われ、その直後に支援金の封筒が届く。

痛みと救済が、同じ封筒に入っていた。

親切な管理人

町には古い商店街があった。

そこでは数年前から客足が減っていた。だが最近になって、急に活気づき始めた。補助金が入ったからだ。看板が新しくなり、提灯が増え、イベントが開かれた。

商店街の会長は演説で言った。

「行政は私たちを見捨てなかった」

拍手が起きた。

その光景を、向かいのアパートに住む男が窓から見ていた。

男は工場勤めだった。支援金とは無縁だった。毎月の食費と光熱費だけが静かに増えていく。けれど税金の通知だけはきちんと届いた。

男は不思議に思った。

なぜ、助けてもらえる人と、ただ値上がりを受け入れるだけの人がいるのか。

ある晩、男は子どものころ住んでいた団地を思い出した。

古い団地には、雨漏りする廊下があった。管理人はいつも親切で、雨の日になると住民にバケツを配って歩いた。

「困ったら言ってくださいね」

皆、いい管理人だと思っていた。

だが十年たっても、天井は直らなかった。

雨漏りの継続 = 修理延期 × 感謝の維持

男は、その式を頭の中で反復した。

もし雨漏りが止まれば、管理人は感謝されなくなる。

だから修理より先に、バケツの配布が洗練されていく。

色付きになり、軽量化され、配布は迅速になった。住民満足度の調査まで始まった。

だが、水は落ち続けていた。

静かな吸い上げ

町の人々は、自分が少しずつ削られていることに気づきにくかった。

給料は増えていたからだ。

数字だけ見れば、去年より多い。

だが、パン屋ではパンが小さくなり、弁当の肉は薄くなり、電車の定期代は上がった。財布の中身は増えているのに、生活は縮んでいた。

それでも、人は数字に安心する。

一万円札が一万二千円になれば、豊かになった気がする。昨日より高い値札には腹を立てても、原因の輪郭までは追わない。

そして補助金は、その曖昧な怒りを吸い取る。

人間は、失ったものより、手渡されたものを強く記憶するからだ。

商店街は感謝する。運送会社も感謝する。観光業も感謝する。支援を受けた側は、配った相手の名前を忘れない。

だが、支える側は散らばっている。

レジ前で百円高く払った人。ガソリン代を余計に払った人。値上がりした卵を買った人。その全員が、少しずつ支えている。

少しずつだから、叫びにはならない。

叫びにならない負担は、永遠に続けられる。

広く薄い負担 + 狭く深い恩義 = 長期化する拍手

やがて町の空気が変わっていった。

商売をする者は、客を見る前に役所を見るようになった。

商品を磨くより、申請書を書くほうが重要になった。

誰が良い品を作るかではなく、誰が早く列に並べるか。

そんな空気が、静かに根を張っていった。

乾いた傘

その年の冬、町はさらに寒くなった。

また支援策が発表された。

ニュース番組では司会者が笑顔で言った。

「迅速な対応です」

男はコンビニでその映像を見ていた。レジ横には値上げされた缶コーヒーが並び、その横に「家計応援」の文字が貼られていた。

男は急に奇妙な感覚に襲われた。

この町では、雨そのものより、傘を配る行為のほうが重要なのではないか。

もし本当に晴れてしまえば、配る理由が消える。

感謝も消える。

列も消える。

だから雨は終わらない。

いや、終わらないのではなく、終わると困る者がいる。

男が外へ出ると、小雨が降っていた。

駅前では、今日も傘が配られていた。

誰も空を見ていなかった。

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