代案を求める町の静かな退化
問題を指摘するなら代わりの案を出せ。もっともらしいこの言葉は、町の秩序を守る合言葉のように見える。しかしその裏で、異変に気づいた者たちが口を閉ざしていく。修理の方法を知らぬ者は、異音を聞いても黙るしかない。やがて誰も警鐘を鳴らさなくなったとき、壊れていることさえ忘れられる。本稿は、そんな町の静かな変化を追う。
- キーワード
- 指摘、代案、沈黙、町の規則、退化
よくできた規則
その町には、立派な掲示板があった。広場の中央に立ち、誰でも意見を書き込める。町長は誇らしげに言った。ここは開かれた町だ、と。ただし一つだけ決まりがある。困ったことを書くなら、かならず直し方も添えること。そうでなければ、ただの文句だからだという。
人々はうなずいた。たしかに、愚痴ばかりでは前に進まない。壊れた時計を見つけたなら、どう直すかまで示せば話は早い。掲示板はすぐに整然とした提案で埋まった。街路樹の植え替え案、祭りの新しい催し、川辺の整備計画。読むだけで未来が明るく見える。
だが、ある夜、風車小屋からかすかな軋みが聞こえた。粉を挽く羽根が、ときおり不規則に震える。通りかかった若者が気づいたが、彼は風車の仕組みを知らない。ただ、変だと思っただけだ。掲示板の決まりが頭をよぎる。直し方を書けないなら、書く資格はない。若者は何も記さず、家に帰った。
羽根のきしみ
軋みは翌日も続いた。粉屋の主人は忙しく、細かな揺れにまで気が回らない。若者は再び立ち止まる。もし自分が騒げば、ではどう直すのかと問われるだろう。専門家でもない自分に、答えはない。掲示板には今日も立派な計画が並ぶ。新しい橋の設計図。灯りを増やす案。どれも整っている。
やがて別の娘も、同じ音を耳にした。彼女もまた、仕組みを知らない。二人は顔を見合わせ、首をかしげる。けれど掲示板の前では黙る。直せないなら、書くな。それが町の礼儀だ。
この礼儀は、町を静かにした。騒がしい書き込みは減り、掲示板は以前より上品になった。町長は満足した。無責任な声が減り、議論は洗練されたと。
だが、奇妙なことが起きていた。異変に最初に気づくのは、たいてい素人だ。専門家は慣れすぎている。違和感を言葉にできない者ほど、最初に立ち止まる。しかしその者は、直し方までは知らない。決まりは、彼らの口を閉じさせる。
静かな広場
数か月後、風車は止まった。羽根の軸が折れていた。修理には大がかりな作業が必要になった。粉は足りず、パン屋は困った。町長は首をかしげる。なぜ誰も早く知らせなかったのか、と。
若者と娘は顔を伏せた。知らせるには、直し方が要ったからだ。掲示板の規則は、いまも堂々と掲げられている。町長は決まりを変えない。無責任な声があふれるよりはましだ、と。
その後、掲示板はさらに整然とした。書き込むのは、設計図を描ける者ばかりになった。町は賢くなったように見える。だが、広場の隅では小さなひびが増えていく。誰も騒がない。直し方を知らぬからだ。
町は静かだった。あまりに静かで、壊れていることさえ話題にのぼらない。やがて人々は、異音に耳を澄ます習慣を失った。気づいても、考えない。考えても、書かない。掲示板はますます美しくなり、町はゆっくりと鈍くなる。
風のない朝
ある朝、風は吹いているのに、どの羽根も回らなかった。町のあちこちで、小さな歯車が止まっていた。原因を探す会議が開かれ、立派な代案がいくつも示された。しかし、止まる前のかすかな兆しを語れる者はいなかった。
広場の掲示板だけが、変わらず整っている。そこには、直し方のない言葉は一つもない。
町は今日も秩序正しい。誰も文句を言わない。言える者しか、口を開かないからだ。
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