やさしい未来の設計図
店頭に並ぶ環境配慮の印と長持ちをうたう言葉は、私たちに安心を与える。企業は未来の地球を守りながら成長すると語る。しかし日常の買い替えの速さと、毎年更新される新型の列を眺めると、別の仕組みが静かに動いていることに気づく。持続しているのは何か。守られているのは誰の時間か。本稿はその設計図を淡々と読み解く。
- キーワード
- 持続可能性、買い替え、企業利益、物語、外部化
緑色の保証書
ある日、家電売り場で新しい掃除機を手に取った。箱には緑色の葉の印があり、地球にやさしいと書かれている。省電力で、再生素材を使い、企業は未来世代に責任を持つという。説明員は誇らしげに語る。長く使える設計です、と。
帰宅して保証書を読むと、部品の保有期間は七年とある。七年後、もし主要な部品が尽きれば、修理は難しい。七年は長いのか短いのか。かつて祖父の家にあった扇風機は三十年も回り続けた。いまは七年で区切られる。
企業は未来を守ると語る。製品は長持ちし、資源は循環し、廃棄物は減るという。広告の中では、利益と環境は仲良く並んでいる。両方を同時に伸ばす矢印が描かれている。誰もそれを疑わない。疑う理由がないように見えるからだ。
静かな計算式
しかし、店の棚には毎年新しい型番が並ぶ。吸引力は少し上がり、色は流行に合わせて変わる。旧型は値引きされ、やがて姿を消す。修理窓口は混み合い、交換部品は取り寄せに時間がかかる。新型を買えば今日中に解決する。
ここに小さな計算がある。長く使われる品は、次の販売の機会を遠ざける。買い替えが早まれば、売上は滑らかに続く。保証書の七年という数字は、技術の限界というより、区切りの目安に近い。
不便さは、壊れやすさだけではない。流行から外れること、機能が少し足りないこと、修理に手間がかかること。これらが重なると、まだ動く機械は静かに役目を終える。緑色の印はその上に貼られている。
企業は悪意で動いているわけではない。株価のグラフは毎日上下し、決算の数字は年に数回公表される。成長が止まれば評価は冷える。経営者は今日の数字を守らなければならない。七年後の資源の枯渇より、今期の売上の方が鮮明に見える。
やさしさの行列
消費者もまた、別の列に並んでいる。新製品の発表会には長い行列ができる。少し軽くなり、少し速くなり、少し美しくなる。それだけで心は弾む。古い機械がまだ動くことは知っている。それでも新しいものに触れた瞬間、古いものは急に色あせる。
環境に配慮したいという思いと、今すぐ快適でありたいという欲求は、同じ胸の中に同居する。前者は静かで、後者は即効性がある。財布を開くのはたいてい後者の方だ。
企業はその傾きをよく知っている。広告は未来を語りながら、店頭では即時の満足を差し出す。消費者は環境意識の高い自分を信じ、企業は社会に責任ある自分を信じる。その信念は衝突しない。なぜなら両者は、同じ言葉に別の意味を込めているからだ。
設計図の裏面
持続可能という語は、美しい響きを持つ。だがそれが指している対象は一つではない。地球の時間を指す場合もあれば、企業の収益の流れを指す場合もある。後者は前者よりも具体的で、測りやすく、毎年報告できる。
負担は消えない。ただ場所を変える。遠い国の鉱山に、将来の埋立地に、次の世代の税金に移る。いまの帳簿はきれいに整う。緑色の印は光を放つ。
掃除機は七年後、静かに止まるかもしれない。そのとき店頭にはさらに進化した新型が並んでいるだろう。より省電力で、より環境にやさしいと書かれている。買い替えれば、また安心が手に入る。
こうして続いていくのは、地球の静かな再生ではない。途切れない販売の流れである。持続しているのは、未来への約束ではなく、現在の循環だ。
緑色の保証書を引き出しに戻しながら、ふと思う。守られているのは森なのか、それとも数字なのか。問いは小さい。だがその小ささの中に、設計図の全体が折りたたまれている。
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