救済という名の非常口
物語には光が必要だと、人は疑わない。暗闇のまま終わる話は未完成であり、不親切であり、ときに作者の怠けだとさえ言われる。しかしその光は、いつのまにか義務へと姿を変えてはいないか。出口を必ず示すことが礼儀とされる世界で、描かれない闇は存在しなかったことになる。本稿は、物語に設置された非常口の構造を静かに点検する。
- キーワード
- 救済、結末、市場、読者、真実
非常口のある部屋
ある町に、出口のはっきりした部屋だけを集めた建物があった。そこでは迷うことがない。扉の上には緑色の灯りがともり、どの部屋に入っても、最後にはそこへたどり着く仕組みになっている。
人々はその建物を好んだ。中でどれほど怖い思いをしても、最後には外へ出られると知っているからだ。涙を流しても、灯りを見上げれば安心できる。
やがて、町ではささやかれるようになる。
- 出口のない部屋など、設計ミスだ
- 中に入った人を不安にさせるのは無責任だ
部屋を作る者たちは、灯りを取り付けることを最初に考えるようになった。物語とは、迷路ではなく通路であるべきだ、と。暗闇のまま終わる空間は、未完成と呼ばれた。
灯りの値段
しかし、奇妙なことが起こる。町の外では、出口のない夜がいくらでも広がっている。答えの出ない出来事、救われない人、片付かない悲しみ。それらは建物の中には持ち込まれない。持ち込んだ瞬間、緑色の灯りが必要になるからだ。
部屋を作る者は考える。出口を付ければ人は入ってくれる。付けなければ、誰も近づかない。
やがて設計図は似通っていく。最初に闇を置き、途中で揺さぶり、最後に灯りを掲げる。形が整えば整うほど、人々は安心して入室する。
だが、灯りを付けるには配線がいる。配線を通すには壁を削らねばならない。削られた壁の向こうにあったはずの凹凸は、なめらかに塗りつぶされる。
この式は誰も口にしないが、設計図の隅に小さく書かれている。
未設置の部屋
ある日、一人の設計者が灯りを付けなかった。ただ、部屋の中で起きたことだけを正確に描いた。扉の位置も、外への道も示さない。
見学者の多くは不満を漏らした。
- 出口はどこだ
- これでは気持ちが落ち着かない
やがて声は変わる。
- 最後まで仕上げていない
- 人を放り出している
設計者は黙っていた。外への道がない夜もある。それをそのまま置いただけだ。
だが町の評判は厳しい。灯りを付けないことは、技術の不足ではなく、態度の問題だと見なされた。部屋を訪れた者の気分を整えるのが作り手の役目だ、と。
ここで奇妙な転倒が起きる。部屋を作る仕事が、出来事を写すことから、来訪者の心を整える作業へと変わる。闇は素材ではなく、調整対象になる。
灯りを付けることは、やがて義務に近づく。義務になった瞬間、それは選択ではなくなる。
緑色の静寂
年月が流れ、町の建物はどれも似た光を放つようになった。人々は安心して出入りし、涙を流し、最後に頷いて帰る。
外では相変わらず、出口の見えない夜が続いている。だが、その夜は建物の中には展示されない。展示されないものは、次第に語られなくなる。語られないものは、存在の輪郭を失う。
灯りは親切だ。だが、灯りのある部屋しか残らなくなったとき、闇そのものを観察する技術は衰える。
設計者たちは今日も緑色の表示を取り付ける。それがなければ、人は入ってこないと知っているからだ。
そして人々は、灯りのない部屋を見つけると、こう言う。
- これは部屋ではない
闇はそのまま、外に残る。
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