火事を告げる者の沈黙

要旨

欠点を指摘するなら解決策も示せという言葉は、いかにも前向きに聞こえる。しかしそれは、異変を知らせる声に重りをつける仕組みでもある。真実であるかどうかと、直せるかどうかは別の問題だ。本稿では、日常の小さな場面を通して、その静かなねじれをたどる。やがて見えてくるのは、声を求めながら同時に奪うという、奇妙な構図である。

キーワード
指摘、代替案、沈黙、責任、組織

静かな町の合言葉

その町には、美しい合言葉があった。文句を言うなら、直し方も一緒に出せ。

役場の壁に貼られ、学校の掲示板にも書かれている。町の人々はそれを誇らしく思っていた。誰もが問題を見つけたら前向きに動く。愚痴だけの人間はいない。実にすがすがしい光景である。

ある日、商店街の屋根から煙が上がった。通りかかった青年はそれに気づいた。だが彼は消火の方法を知らなかった。どこに水栓があるのかも、誰に鍵があるのかも分からない。彼は一瞬ためらい、そして口をつぐんだ。叫ぶ資格が自分にあるのか、分からなかったからだ。

町は静かだった。煙はやがて見えなくなった。見えなくなっただけで、消えたわけではない。

煙と消火器の距離

町の合言葉は、よくできている。軽い気持ちの不平を減らす。無責任な野次を追い払う。誰もが何かを考えてから発言するようになる。表面だけを見れば、秩序は整っている。

だが、煙を見つける目と、火を消す手は、たいてい別の場所にある。屋根裏の異変に最初に気づくのは、そこを通り過ぎる者だ。水を扱う技術を持つのは、倉庫の奥で鍵を握る者だ。

それでも町は言う。「直せないなら、騒ぐな」と。

知らせる力 × 直せる力 = 届く声

知らせる力がどれほど高くても、直せる力が伴わなければ、積は小さくなる。直せる力が一握りの人間にしかないなら、声の総量は一気に減る。煙は増えても、叫びは増えない。

やがて町では、火事の発見が減ったと報告された。役場は満足した。問題が減ったのだと。だが実際に減ったのは、報告の数だけだった。

真実と処方箋のすれ違い

煙が出ている、という事実と、どうやって消すか、という知恵は別物である。前者は観察であり、後者は設計だ。観察が正しいかどうかは、煙があるかないかで決まる。設計が優れているかどうかは、火が消えるかどうかで決まる。

町の合言葉は、この二つを一本の縄で縛った。縄の端を握っているのは、消火器を管理する側である。彼らは言う。「消し方を出せない指摘は価値がない」と。

だが、煙が本当に出ているなら、それは価値を持つ。消せるかどうかとは無関係に、事実は事実である。事実を受け取る側が面倒を避けたいとき、縄は便利な道具になる。煙の報告が来なければ、屋根裏を覗く必要もない。

真実 - 対応力 = ゼロ ではない

ところが町では、右辺がゼロと扱われる。直せない事実は、存在しないことにされる。

焼け跡の静寂

年月が流れ、商店街の一角が崩れた。原因は長く続いた小さな火種だった。誰も気づかなかったのではない。気づいた者が、声を出さなかったのである。声を出せなかった、と言い換えてもよい。

役場は会議を開いた。なぜ早く知らせなかったのか、と。だが町の合言葉は、壁から外されることはなかった。むしろ太い文字で書き直された。

町は以前より静かになった。煙を見ても、誰も慌てない。慌てる資格が、自分にあるのかどうかを先に考えるからだ。

やがて人々は学ぶ。煙よりも、自分の立場を守ることのほうが大切だと。火事は突然起きるものだ、と。

しかし本当は違う。火事は、静けさの中で育つ。

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