静かな広場で配られる甘い包み

要旨

人々が集まる広場で、誰もが無料でもらえると信じている甘い包みがある。だが、その包みを作る材料は、見えないところで誰かが多く持ち去り、残りかすだけが広場に落ちている。本稿は、その仕組みを日常の風景に置き換えながら描き出す。甘さの裏側に潜む重さを、読者自身の手触りとして感じてもらうための試みである。

キーワード
広場、包み、甘さ、影、分配

夕暮れの広場に積まれた包み

夕暮れどき、町の広場に小さな台が置かれ、そこに色とりどりの包みが積まれる。通りがかった人々は、それを「町のための贈り物」と呼び、ありがたく受け取っていく。包みの中身は、少しばかりの飴玉や、明日の暮らしを軽くしてくれそうな小物だ。

町の掲示板には、こう書かれている。「みんなの暮らしを支えるため、包みはこれからも増やしていきます」。人々は安心する。包みが増えるのなら、明日も今日より少し楽になるだろう、と。

だが、包みを積む台の裏側には、誰も目を向けない。そこには、包みを作る材料を運び込む細い通路があり、通路の先には、町の外れにある大きな倉庫がつながっている。倉庫の中身がどうなっているのか、広場の人々は知らない。ただ、包みが増えるのだから、倉庫も豊かになっているのだろうと信じている。

倉庫の奥で起きていること

倉庫の中では、包みを作るための材料が山積みになっている。木箱には、飴玉の原料や、包み紙、飾り紐が詰まっている。だが、倉庫の奥に進むと、奇妙な光景が広がる。材料の山は、手前こそ豊かだが、奥に行くほど薄くなり、ところどころに大きな穴が空いている。

穴のそばには、町の有力者たちが立っている。彼らは、包みを作る材料を「管理している」と言いながら、穴から材料を自分たちの袋に詰めて持ち帰る。袋は分厚く、広場の人々が持つ薄い紙袋とは比べものにならない。

それでも、広場には包みが積まれる。倉庫の手前にある材料だけで、しばらくは包みを作れるからだ。人々は気づかない。倉庫の奥が空洞になりつつあることを。

広場の掲示板には、今日も同じ言葉が貼られる。「包みは増えています」。

だが、倉庫の奥では、別の言葉が静かに響いている。

甘さの偏り = 包みの増加 ÷ 材料の流出

この式を知る者は少ない。知っていても、広場では口にしない。包みを受け取る人々の顔が曇るのを見たくないからだ。

広場に落ちる影の正体

ある日、広場に立つと、包みの山の影がいつもより長く伸びていることに気づく。包みは確かに増えているのに、影はどこか不自然に濃い。

影の正体は、倉庫の奥で起きている出来事だ。材料が抜け落ちるたび、倉庫の床が沈み、広場の下にある地面がわずかに歪む。その歪みが、影となって現れる。

広場の人々は、影を見ても気にしない。「包みが増えているのだから、影が濃くなるのも仕方ない」と言う。だが、影は包みの量とは関係がない。倉庫の奥が空洞になっている証なのだ。

やがて、倉庫の奥に立つ有力者たちは、材料が減ってきたことに気づく。だが、彼らは慌てない。袋を持ち替え、町の外へと歩き出す。袋の中身が重いほど、足取りは軽い。

広場の人々は、その姿を見ない。見えるのは、今日も積まれた包みだけだ。

包みの甘さが変わる日

ある朝、広場に並んだ包みを開けると、飴玉の味が薄くなっていることに気づく。包み紙も、どこか頼りない。

人々は首をかしげる。「材料が変わったのだろう」と言う者もいれば、「倉庫が広くなったのかもしれない」と笑う者もいる。

だが、倉庫の奥では、もう材料がほとんど残っていない。穴はさらに広がり、床はきしむ。包みを作る者たちは、残った材料をかき集め、なんとか形を整えて広場に運ぶ。

その日の夕暮れ、広場の影はいつもよりさらに濃く、長く伸びていた。

包みを受け取った人々は、影の中で立ち止まる。甘さが薄れた理由を考える者は少ない。ただ、包みを持つ手に、かすかな重みが残る。

その重みこそが、倉庫の奥で起きていたことの名残だ。

包みの甘さは、広場に積まれる量では決まらない。倉庫の奥で、誰がどれだけ持ち去ったかで決まるのだ。

そして、広場に立つ人々は、ようやく気づき始める。

包みが増えることと、甘さが保たれることは、まったく別の話なのだと。

コメント

  1. 「基調的な物価上昇率」と称する、実際のインフレ率を矮小化させるトリックについて

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  2. 責任ある積極財政と称する欺瞞についての分析
    資産保有層・大企業・金融機関が、財政拡大によって得る利得と同等のリスクを負担する制度設計が成立したとき、積極財政は初めて“責任ある”ものになる。
    逆に言えば、リスクが国民にだけ転嫁される構造のままでは、積極財政は必ず歪む。

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