同じ靴で走れと言われた朝
平等はやさしい言葉だ。誰もが同じ場所に立ち、同じ扱いを受けるという約束は、朝のニュースのように穏やかだ。本稿は、その約束がどのように現実の足音を消し、別の音を大きくするかを、ひとつの比喩を通して辿る。静かな叙述の先に残るのは、慰めではなく、否定しがたい結末である。
- キーワード
- 平等、制度、差、競走、帰結
朝の広場
町内の広場で、年に一度の長距離走が開かれる。年齢も職業も違う人々が集まり、白線の前に並ぶ。主催者は朗らかに言う。今日は全員、同じ靴で走ってもらう。誰もが同じ条件だ、と。配られた靴は新品で、見た目は立派だ。拍手が起き、誰も異を唱えない。ここでは速さも遅さも、その人の問題になる。そう信じられている。
靴箱の奥
走る前、参加者は靴紐を結ぶ。よく見ると、足の形はまちまちだ。幅の広い足、細い足、古い傷のある足。靴は同じでも、履かれる足は違う。主催者はその違いに触れない。触れないことが公正だと教わってきたからだ。だが、広場の隅で黙っている者は知っている。合わない靴は、最初は我慢できる。しばらくすると、歩き方が変わる。やがて、走り方そのものが歪む。
号砲のあと
号砲が鳴る。最初の直線では大差はない。だが、角を曲がる頃から列が伸びる。靴に慣れた者は速度を上げ、違和感を抱えた者は無意識に歩幅を縮める。遅れた者を励ます声はあるが、列は戻らない。途中で靴を脱ぐことは許されていない。同じ靴であることが、この催しの誇りだからだ。結果、先頭の背中は遠ざかり、後方では息遣いだけが残る。
掲示板
ゴール後、掲示板に順位が貼られる。上位の者は称えられ、下位の者は肩を落とす。主催者は満足そうだ。同じ靴で、これだけの差が出た。実力がはっきりした、と。誰かが小さく呟く。靴を選ばせてほしかった。別の誰かが答える。それでは不公平だ。議論は続かない。約束は守られたからだ。同じ靴、同じ線、同じ号砲。その徹底が、違いをむき出しにした。平等は守られ、結果は荒れた。広場には、走る前よりも静かな空気が残っていた。
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