給食室の鍋は誰のものか

要旨

学校給食の献立変更をめぐる小さな出来事は、静かな善意の顔をして、別の仕組みを露わにする。本稿は、皆で使う一つの鍋をめぐる比喩を通して、「配慮」がどのように常態化し、戻れない形へと固まっていくのかを描く。誰かを責めるためではない。ただ、起きている現象が何を生み、何を失わせるのかを、淡々と見つめる。

キーワード
給食、配慮、規範、公共、文化

白い湯気の立つ朝

朝の給食室には、いつも同じ匂いがある。湯気の立つ大鍋の前で、栄養士は静かに献立表を見直す。子どもたちが同じ時間に同じものを食べる。それが安心だと、誰もが思ってきた。違いは家に持ち帰り、学校では同じにする。そう教えられてきた。ところがある日、鍋に入れてはいけない具材が一つ増えた。理由は丁寧に説明された。誰も傷つかないためだ、と。鍋の中身は少し変わったが、表情は変えずに朝は始まる。誰かのための小さな手直し。それだけの話に見えた。

鍋の縁に残る影

数日もすると、鍋の扱い方が変わる。使う包丁が増え、火加減に注意が要る。作る側は黙って段取りを変える。子どもたちは気づかない。気づかないことが良いとされるからだ。だが、鍋の縁には、目に見えない影が残る。次は何を入れてよくて、何がいけないのか。線引きは書かれていない。書かれないまま、守られる。配慮は一度始まると、やめる理由が見当たらない。やめれば誰かが傷つく、と皆が思い込むからだ。こうして鍋は、少しずつ重くなる。

鍋は増えない

ある日、別の声が上がる。「こちらにも配慮を」。声は静かだが、理屈は同じだった。鍋は一つしかない。火口も一つ。増やせないものは、順番を待つか、中身を削るしかない。削られるのは、最初から決まりごとだった部分だ。誰のものでもないはずの決まりが、いつの間にか、特定の形を帯びる。

一方向の配慮 = 変更の固定 × 戻れなさ

変更は善意で始まるが、固定されると性質が変わる。戻す手間は大きく、戻したい理由は語りにくい。語れば冷たい人になる。だから誰も語らない。鍋は静かに、別の形へ寄っていく。

空にならない鍋

やがて、鍋は空にならない。何かを足すたび、何かが消える。消えたものは話題にならない。最初から無かったことになる。子どもたちは新しい味に慣れ、昔の味を知らない。悪意はない。計画もない。ただ、そうなった。

この給食室に悪者はいない。いるのは、一つの鍋と、善意の連なりだけだ。だが、鍋は答えない。誰のために、どこまで変わるのか。答えないまま、今日も火が入る。

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