ガラスの鐘が鳴る市場
町の広場には誰にでも聞こえる鐘がある。その鐘は災いを知らせるためではなく、人々を一つの門へ歩かせるために鳴る。門をくぐれば希望が売られている。しかし帰り道で荷物が重くなっても、それは自分で選んだ荷物だと言われる。数字は未来を予言するためではなく、歩く向きを決めるために使われることがある。その仕組みは派手ではない。ただ静かで、だから見落とされやすい。
- キーワード
- 老後、数字、不安、鐘、市場、自己責任、物語、選択
鐘は朝だけ鳴る
町には大きな鐘があった。雨の日も晴れの日も、朝になると決まって鳴る。人々は時計より先にその音で目を覚ました。鐘は昔から町を守るためにあると教えられてきたので、誰も理由を尋ねなかった。
ある朝、鐘の音は少し長かった。そのあと広場で一人の男が言った。
「これから先は道が長くなる。昨日まで持っていた荷物では足りない。」
人々は顔を見合わせた。昨日まで普通に暮らしていた家も、店も、川も何も変わっていない。それでも鐘が鳴ったあとでは、景色まで少し違って見えた。
男は続けた。
「昔は荷物は二つで足りた。しかし今は四つ必要になる。」
なぜ二つだったのか。なぜ四つになったのか。説明はあったような気もするし、なかったような気もした。残ったのは四という数だけだった。
門の向こうの店
広場の先には一つの門があった。門の上には控えめな看板が掛かっている。希望という字だけが読めた。
店主は穏やかな顔で言う。
- 荷物を軽くする方法があります。
- 持ち方を変える道具があります。
- ただし途中で荷物が重くなる日もあります。
- その時は選んだ人の話になります。
誰も店主がうそをついたとは思わなかった。確かに説明はしていたからである。
ただ、不思議なことが一つあった。
鐘が鳴る前には町にはいくつもの道があった。荷物を減らす人もいた。歩く日を延ばす人もいた。途中で休む人もいた。しかし鐘が鳴ったあとには、門だけがまっすぐ見える。
道は消えていない。それでも見えなくなる。
見えなくなった道は、歩かれなくなる。
数字は歩かせるためにある
ある老人は広場の隅で黙って鐘を見ていた。
若い男が尋ねた。
「四つの荷物は本当に必要ですか。」
老人は鐘ではなく、人の列を見ながら答えた。
「必要かどうかは人による。」
若い男は安心しかけた。
しかし老人は続けた。
「だが、人によるという言葉は、列を止める力を持たない。」
列は静かに門へ流れていく。
誰も走らない。
誰も押されない。
それでも流れは止まらない。
鐘は命令しない。ただ鳴るだけである。
数字も命令しない。ただ置かれるだけである。
人は命令より、静かに置かれた数字に従うことがある。
最後まで割れないガラス
夕方になると門から戻る人がいた。
笑って帰る人もいた。
黙って帰る人もいた。
荷物が軽くなった人もいれば、重くなった人もいた。
けれど門の前に立っていた店主は、どちらにも同じように頭を下げた。
「選ばれたのは、ご自身です。」
それは事実だった。
だから誰も反論できなかった。
夜になり、町は静かになった。
老人だけが広場に残っていた。
彼は鐘を指で軽く弾いた。
澄んだ音がした。
鐘は金属ではなかった。
透き通ったガラスでできていた。
だから壊れやすいのではない。
中が見えると思い込ませるために、ガラスだったのである。
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