正解をなぞる人の行き止まり
誰かが見つけた道筋をたどれば、迷う時間は減る。そう信じて歩き始めた人々は、同じ地点に集まり、やがて動けなくなる。選んだはずの道が、いつの間にか選ばされたものに変わるとき、結果は本当に自分のものと言えるのか。若い世代に広がる妙な閉塞感は、その静かなずれから始まっている。
- キーワード
- 人生設計、模倣、早熟な停滞、責任、選択
完成図を配る店
駅前に奇妙な店がある。棚には色とりどりの設計図が並び、客はそれを一枚選んで帰る。結婚までの年表、職業の選び方、資産の積み上げ方。どれもすでに完成している。説明書には「この順に進めば失敗は避けられる」とある。若い客ほどよく買っていく。迷わなくて済むからだ。店主は言う。「遠回りは古い。近道だけを知ればいい」。客はうなずき、設計図どおりに日々を埋めていく。途中で立ち止まる理由はない。答えは最初から書かれているのだから。やがて街のあちこちで、同じ形の家が建ち始める。窓の位置も、玄関の向きも、どれもよく似ている。違いは壁紙の色くらいだ。
見えない余白の消失
設計図は親切だが、紙の外側については何も語らない。なぜその順序なのか、別の順序では何が起こるのか、そもそも他の道が存在するのか。そこには空白がある。けれど客は空白を読まない。読めないからだ。設計図に書かれているのは、うまくいった人の軌跡であり、うまくいかなかった無数の軌跡は最初から存在しなかったことにされている。さらに、同じ図でも持ち主によって紙質が違う。ある者の紙は丈夫で、多少の誤差でも破れない。別の者の紙は薄く、同じ力で折ると裂ける。その違いは説明書に載らない。店はそこに触れない。客も気づかない。気づいたとしても、設計図を買った時点で、余白を自分で描く習慣は薄れている。
同じ道に集まる群れ
やがて設計図は街全体に行き渡る。人々は同じ時期に同じ方向へ動き、同じ場所で立ち止まる。かつて静かだった通りは混み合い、入口で順番待ちが生まれる。早く来た者は先に入るが、遅れた者は外で列をなす。設計図は近道を示したはずだったが、道そのものが細くなったわけではない。歩く人が増えただけだ。そこで奇妙なことが起きる。設計図に従った者ほど、予定どおりに進めない。遅れを取り戻そうとして、さらに設計図にしがみつく。別の道を探す時間は、すでに持っていないからだ。
同じ図面を手にした人々は、同じ場所で同じ判断をする。結果は分散し、誰もが少しずつ狭い部屋に押し込まれる。最初に図面を描いた人は、広い場所を選べた。後から来た人は、その余地を自分で埋めてしまう。にもかかわらず、彼らは自分で選んだと信じる。紙を手に取ったのは自分だからだ。だが、その紙に何が描かれているかを決めたのは自分ではない。
若い老後の訪れ
数年が過ぎると、奇妙な疲労が広がる。まだ若いはずの顔に、終わりを知っているような静けさが宿る。予定どおりに進んできたのに、先が短く感じられるのだ。設計図の終点が見えているからである。寄り道の余地を削り取った結果、道は短くなり、景色は単調になる。途中で立ち止まり、別の道を探そうとする者もいるが、その頃には足場が固まりすぎている。戻るにも進むにも、同じだけの力が要る。
店は相変わらず賑わっている。新しい設計図が並び、より効率的な順序が提案される。人々はそれを手に取り、前よりも早く歩き出す。やがて気づく。歩幅を決めていたのは自分ではなかったことに。にもかかわらず、転んだときに地面を責めることはできない。紙に書かれた線の上で転んだのだから。
最後に残るのは、選んだという感覚だけである。選んだものの中身がどこから来たのか、その問いは設計図の外に置き去りにされる。外側を描かなかった者に、内側の結果だけが静かに返ってくる。
コメント
コメントを投稿