灯台守のいない海
港の人々は長いあいだ灯台の光に守られてきた。しかし時代が進むにつれ、誰もが光の恩恵だけを語り、燃料を運ぶ者の存在を忘れていく。やがて古い灯台守は姿を消え、それでも光はしばらく灯り続ける。その猶予が、人々に誤解を与える。光は自然に生まれるものだと思い込ませるのである。これは一つの港の話でありながら、目に見えない支えによって成り立つ多くの営みについての話でもある。
- キーワード
- 灯台、港、習わし、継承、忘却、共同体、恩恵、寄りかかり
静かな港の朝
その港には古い灯台があった。
誰も建てた者の名前を知らなかった。石は潮風で削れ、階段は何度も修理されていた。それでも夜になると灯りがともり、沖を行く船は迷わず帰ってきた。
港の人々は灯台を好いていた。
漁師は安心して網を投げた。商人は荷を運んだ。子供たちは防波堤で遊んだ。彼らは皆、灯台のある暮らしを当然のものとして受け取っていた。
ただ一つだけ、不思議なことがあった。
灯台の燃料を運ぶ仕事をしたがる者が年々減っていたのである。
燃料運びは重労働だった。朝早く起き、倉庫から樽を運び、石段を上り下りしなければならない。終わっても褒められることはない。祭りで称えられることもない。
誰かがやらなければならない仕事だったが、自分がやる理由は見つけにくかった。
若者たちは口を揃えた。
「灯台は大事だ。でも燃料運びは他の誰かがやればいい」
それはごく自然な考えに聞こえた。
実際、その言葉を否定できる者は少なかった。
消えない光の秘密
港には古くから伝わる習わしがあった。
成人した者は数年だけ灯台の仕事を手伝う。見返りは特にない。ただ昔からそうしてきた。それだけだった。
老人たちはその習わしを大切にしていた。
だが若者たちは首を傾げた。
理由が曖昧だったからである。
なぜ運ぶのか。
なぜ続けるのか。
なぜ自分が引き受けるのか。
問いは増えたが、答えは古びて見えた。
「昔からそうだから」
その説明は便利だったが、説得力は弱かった。
やがて習わしをやめる者が現れた。
次の年にはさらに増えた。
しかし何も起きなかった。
灯台は相変わらず光っていた。
船も帰ってきた。
港も賑わっていた。
そこで人々は確信した。
あの習わしは不要だったのだと。
だが彼らは一つのことを見落としていた。
灯台にはまだ燃料が残っていたのである。
長年積み上げられた備えが倉庫に眠っていた。
過去の人々が運び続けた樽が残っていた。
光は現在の努力だけで灯っていたのではなかった。
見えないところで積み重なったものの上に立っていた。
最後の灯台守
灯台守は老人だった。
彼は燃料の減り方を知っていた。
だから時々、人々に話した。
「倉庫は少しずつ空になっている」
しかし港の人々は笑った。
彼らの目には毎夜の光しか映っていなかった。
灯っている以上、問題は存在しないように見えたのである。
ある者は言った。
「心配しすぎだ」
またある者は言った。
「灯台は何百年も光ってきた」
さらに別の者は言った。
「光る仕組みが優れているからだ」
誰も間違ったことは言っていなかった。
ただ、それだけでは足りなかった。
仕組みは存在した。
しかし仕組みだけでは灯らない。
誰かが樽を運ばなければならない。
その単純な事実が、港ではだんだん見えなくなっていた。
やがて老人は亡くなった。
葬儀には大勢が集まった。
皆がその功績を称えた。
しかし翌日、灯台への石段を上った者はいなかった。
称賛と継承は別のものだった。
感謝と引き受けは別のものだった。
言葉は残ったが、足は動かなかった。
海に残ったもの
老人が亡くなってから数年後のことである。
ある夜、灯台の光が消えた。
突然だった。
嵐でもなかった。
事故でもなかった。
ただ燃料が尽きたのである。
港は騒ぎになった。
誰も予想していなかった。
いや、正確には予想した者はいた。しかし聞く者がいなかった。
人々は急いで倉庫を調べた。
だが樽は空だった。
昔なら当たり前に積まれていたはずのものが無かった。
そこでようやく気づいた。
灯台は勝手に光っていたのではない。
誰かの手によって光っていたのである。
しかもその誰かは、港の中心ではなく周縁にいた。
祭りの主役でもなかった。
広場の演説者でもなかった。
帳簿の数字にも残りにくい存在だった。
だから忘れられた。
忘れられてもすぐには困らなかった。
困らなかったから、さらに忘れられた。
そして気づいた時には、忘れた代償そのものが消えていた。
数日後、港の若者たちは灯台へ向かった。
燃料を運ぶためだった。
石段を上りながら、一人がつぶやいた。
「不思議だな」
「何がだ」
「みんな灯台の光が好きだったのに、灯台守になりたい者はいなかった」
誰も答えなかった。
波の音だけが聞こえた。
港へ戻る船はまだ見えなかった。
海の向こうには暗闇が広がっていた。
そして彼らは初めて知った。
灯台の光は海を照らしていたのではない。
人々が忘れていたものを照らしていたのだと。
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