メディアの病名と静かな工場

要旨

新しい道具が現れるたびに、誰かが病名をつける。文字、映像、遊戯、携帯。呼び名は変わるが手口は同じだ。ここでは日常の小さな出来事を手がかりに、なぜ「脳」の名で恐怖が売られるのかを静かにたどる。最後に残るのは、名付けられた恐れが誰のために都合よく働くかという単純な図式である。

キーワード
媒体、恐怖、名付け、制度

郵便箱の中の紙切れ

ある町に、毎朝同じ時間に郵便箱を覗く老人がいた。箱の中には新聞の切り抜きが一枚入っている。見出しはいつも短く、断定的だ。文字が人を駄目にする。映像が頭を空にする。遊びが脳を蝕む。老人は最初は眉をひそめるだけだったが、やがてその言葉を誰かに話すようになった。話すたびに言葉は簡潔になり、聞く者は安心した。安心は行動を生み、行動は制度を呼んだ。制度はまた新しい切り抜きを生む。ここで重要なのは、切り抜きが示すのは個別の出来事ではなく、繰り返される語りの形であるということだ。語りは単純であるほど広がる。単純さは理解の代わりに安心を与え、安心は問いを閉じる。問いが閉じると、誰も箱の中身を確かめなくなる。

遊園地の回転木馬

子どもたちが回る木馬を見ていると、親たちは笑う。だがある日、木馬の近くに立つ看板が変わった。「遊びすぎは良くない」とだけ書かれている。誰が決めたのかは書かれていない。看板は理由を与えず、ただ命令のように立っている。親たちは理由を求めず、看板に従う。看板を作った者は、従う者が増えるほど安心する。安心は権威を生み、権威はさらに看板を増やす。ここで見落とされるのは、看板が生むのは行動の変化だけでなく、注意の配分の変化だ。人は遊びの時間を減らす代わりに別の不安を買う。看板は不安を移し替える装置であり、移された不安は誰かの利益に回る。利益は目に見えないが、装置の設計者には見える。

工場の静かな機械

町の外れに小さな工場がある。機械は静かに動き、毎日同じ部品を作る。ある日、工場は新しいラベルを貼った。「脳に悪い」と書かれた部品は市場で高く売れた。買う者は恐れを買い、売る者は安心を売る。ここで成立する関係は単純だ。恐れの供給者は恐れを増幅し、恐れの需要者はそれを消費する。増幅は説明を省き、消費は行動を生む。説明が省かれるほど、行動は直線的になる。直線的な行動は測定しやすく、測定しやすいものは管理しやすい。管理は権力を生む。権力はさらにラベルを作る。こうしてラベルは自己増殖する。

名付けの連鎖 = 恐れの増幅 × 権力の回収

夜の帰り道

帰り道に立ち止まって空を見上げると、星はいつもと同じ位置にある。だが町の灯りが増えると、星は見えにくくなる。灯りは安全を示すが、同時に視界を奪う。名付けられた恐れも同じだ。名は安全の代用品として機能し、同時に視界を狭める。視界が狭まると、問いは細くなる。問いが細くなると、答えは簡単になる。簡単な答えは売りやすい。売れる答えはまた新しい名を生む。最後に残るのは、名が回る工場と、そこに並ぶ同じ形の部品だけである。部品は誰のために作られているかを問う者は少ない。問いを立てることは面倒であり、面倒は避けられる。避けられることが増えるほど、町は静かになる。静けさは安心のように聞こえるが、実は多くのものを覆い隠している。

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