旗を立てる調理師と、空っぽの鍋

要旨

ある有名な料理学校が、革新的な方針を打ち出しました。「これからの時代に必要なのは、素材を育てる苦労や味の探究ではない。盛り付けの華やかさと、流行を素早く察知するセンスである」と。人々は喝采し、生徒たちは競って旗を掲げ、皿の上に美しい空想を描き始めました。しかし、ふと気づけば、その豪華な皿の上には「食べるべきもの」が何一つ載っていないのです。本稿は、形骸化した知の現場が辿る、静かなる自食の行末を考察します。

キーワード
情報の飾り付け、消えた種火、模倣の連鎖、空洞の教室

色鮮やかな盛り付けの誘惑

いつの頃からか、街には「旗」が溢れるようになりました。どの店も、どの建物も、自分たちが何者であるかを一瞬で理解させるための、鮮やかな布をはためかせています。ある若者が通う大学もそうでした。そこでは、難しい数式を解いたり、古い文献の行間に埋もれたりすることよりも、もっと軽やかで、もっと「映える」能力が求められるようになっていました。

「これからは編集の時代だ」と、流行のスーツを着た講師が壇上で語ります。既存の知識をいかに巧みに組み合わせ、世の中が欲しがる形に整えて差し出すか。その手際の良さこそが、荒波を渡るための唯一の武器であるというのです。学生たちは、いかに自分がスマートに情報を加工できるかを競い合いました。それはまるで、市場で買ってきた出来合いの惣菜を、いかに自作の高級フレンチに見せるかという、盛り付けの技術を競うコンテストのようでした。

誰もが「自分という名の旗」を高く掲げ、その旗の下に集まる情報の破片を器用に繋ぎ合わせます。その様子は一見、活気に満ちているように見えました。何しろ、そこには「正解」を導き出す苦しみはなく、あるのは「好感」を得るための楽しみだけだったからです。

消えゆく農夫と、枯れた大地

しかし、誰もが盛り付けの美しさに夢中になっているとき、ある決定的な出来事が進行していました。それは、皿の上に載せるべき「素材」を作る人々の失踪です。

かつてその場所には、泥にまみれて土を耕し、何年もかけて新しい種を育てるような、ひどく無骨で退屈な人々がいました。彼らの仕事は効率が悪く、明日すぐに役立つわけでもありません。流行を追う人々からは「古臭い」と笑われ、やがてその居場所を奪われていきました。

素材を作る手間を省けば、確かに手元の効率は上がります。どこかから借りてきた知識を、流行のスパイスで和えるだけで、立派な一皿が完成するのですから。しかし、ここで一つの奇妙な方程式が成立していることに、誰も気づこうとしません。

見かけの華やかさ = 借り物の総量 × 本質の忘却

人々は気づきませんでした。隣の皿から借りてきた素材を、自分の皿で飾り直しているうちに、世界中の素材が同じものに置き換わっていることに。オリジナリティを謳う「編集」が進めば進むほど、供給される情報の根源は痩せ細り、ついには誰も「新しい味」を生み出せなくなってしまったのです。

模倣という名の静かな終焉

しばらくすると、さらに不思議な現象が起こりました。人々の掲げる旗が、どれも似通った色になり始めたのです。なぜなら、誰もが「世の中に受け入れられやすい情報」だけを選別し、それを編集の材料にするようになったからです。

かつては「真理」を求めていたはずの場所が、いつの間にか「最大公約数的な満足」を生産する工場へと姿を変えていました。そこでは、誰も真偽を問いません。問われるのは、その情報がいかに快適で、いかに自分たちの生活に馴染むかという一点のみです。

群衆は、心地よい編集物に囲まれて満足げに頷いています。しかし、その背後では、知の土壌が完全に砂漠化していました。新しい問いを生まず、過去の遺産を薄めて配るだけの機関は、もはや「知の拠点」ではなく、単なる「情報の詰め替え所」に過ぎません。

もしも、誰にでも扱える便利な道具が、人間よりも遥かに高速で、遥かに美しく情報を編集し始めたらどうなるでしょうか。人々が血眼になって磨いてきたそのスキルは、瞬時にして価値を失います。自分たちが唯一の武器だと信じていたものは、実は誰にでも代えが効く、最も安価な部品だったのです。

空っぽの鍋を囲む祝宴

結局、最後まで残ったのは、美しく磨かれた巨大な鍋と、色とりどりの旗だけでした。中身はとうの昔に尽き果て、人々は空気をかき混ぜる音を「調理の音」だと思い込んでいます。

大学という名の建物は、今や立派なショールームです。そこでは、中身のない皿が次々とベルトコンベアに乗せられ、やってきた若者たちに手渡されます。若者たちはその皿を受け取り、自分が何か価値あるものを手にしたと信じて、社会という名の荒野へ踏み出していきます。

しかし、その皿の上にあるのは、誰かが昔に食べた残りの、そのまた残り物のような情報の残骸です。彼らは飢えを感じるでしょう。しかし、どうやって新しい糧を探せばいいのか、その方法を知る者はもうどこにもいません。

「さあ、旗を掲げなさい」と、声が響きます。人々は力強く、何も載っていない皿を高く掲げました。その光景は、遠目にはとても輝かしく、そして救いようのないほど滑稽なものでした。かつて「知」と呼ばれた残り火は、誰に看取られることもなく、静かに、完全に消え去りました。

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