情報編集力という名の旗を掲げた大学の話
ある日、町に現れた旗売りが「これを掲げれば生き残れる」と言った。大学はその旗を買い、掲げた。だが、旗の意味は誰にもわからなかった。やがて町は静かに崩れ始めた。これは、旗にすがった者たちの、静かな終焉の記録である。
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- 大学、情報編集力、知の創出、実用主義、制度の変質
旗売りが町にやってきた
ある日、町に一人の男が現れた。背中に大きな袋を背負い、口上を述べながら歩いていた。 「この旗を掲げれば、あなたの家は滅びません。時代の波に飲まれず、未来へ進めます」
旗には「情報編集力」と書かれていた。意味はよくわからなかったが、男の言葉は妙に説得力があった。町の人々は不安だった。近ごろ、隣町では家が次々と空き家になり、学校も閉鎖されたと聞く。だから、誰もがその旗を欲しがった。
町の中央にある大学も例外ではなかった。学長は言った。 「我々も旗を掲げよう。これが新しい時代の証だ」
こうして大学の門には、立派な旗がはためいた。学生たちは拍手し、町の人々も安心した。
旗の意味を問う者はいなかった
旗を掲げてから、大学は変わった。講義の内容が変わった。哲学や歴史は隅に追いやられ、代わりに「情報のまとめ方」や「プレゼンの技術」が重視された。教授たちは戸惑いながらも、時代の要請だと自分に言い聞かせた。
だが、誰も「情報編集力」とは何かを説明できなかった。学生に尋ねても、「なんとなく大事そうだから」と答えるばかり。教授に聞いても、「社会が求めている」としか言わない。
それでも大学は旗を掲げ続けた。なぜなら、旗を降ろすことは「時代遅れ」と見なされることを意味したからだ。
町の人々は、大学が何を教えているのかを気にしなくなった。ただ「旗があるから大丈夫」と信じていた。
静かに崩れゆく家々
数年が経った。大学は見た目こそ立派だったが、中身は空洞だった。学生たちは卒業しても、何を学んだのか説明できなかった。企業は言った。「即戦力にならない」と。
大学は慌てて新しい旗を探した。「デジタル人材育成」「グローバル対応」「起業家精神」……旗売りは次々と新しい旗を売りに来た。
だが、どの旗も中身は同じだった。意味の曖昧な言葉が書かれているだけで、何も変わらなかった。
町の人々も気づき始めた。「この旗、本当に役に立っているのか?」と。だが、問いを口にする者は少なかった。問いを立てることは、安心を壊すことだったからだ。
最後に残ったもの
ある日、大学の古い書庫が取り壊された。埃をかぶった本が山のように運び出され、誰にも読まれることなく焼却された。そこには、かつての教授たちが書き残した論文や、学生たちの思索の跡があった。
その灰が風に舞う中、旗はまだはためいていた。だが、誰もそれを見上げる者はいなかった。
旗は、風に吹かれて破れ、やがて地に落ちた。誰も拾わなかった。
その町に大学があったことを、今では誰も覚えていない。
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