名前だけが軽くなる町
ある町では、毎年少しずつ袋の中身が減っていく。それでも役場は「減ったのは袋ではありません。ひもが変わっただけです」と説明する。住民は袋を持ち帰り、家で数え、確かに中身が減っていることを知る。しかし広場では、袋の名前ばかりが話題になる。物語は、名前と現実が別々の道を歩き始めた町を通して、人が何を見て暮らし、何を見失うのかを静かに描く。
- キーワード
- 袋、名前、秤、帳面、町役場、現実、言葉
袋は昨日より少し軽かった
町には年に一度、役場から白い袋が配られた。袋には暮らしに必要な印が押されていた。住民は袋を受け取り、家へ持ち帰る。その袋は毎年少しずつ軽くなっていた。
最初の年、誰も気づかなかった。次の年には、老人が首をかしげた。その次の年には、子どもが「前より早く持ち上がる」と笑った。袋は確かに軽くなっていた。それでも町は静かだった。
ある日、広場で一人の男が役場の人へ尋ねた。
「袋が軽くなっています。」
役場の人は帳面を開き、丁寧に答えた。
「袋は軽くしていません。」
「では、この違いは何です。」
「袋ではありません。ひもの決まりが変わっただけです。」
男は袋を持ち上げた。
軽かった。
役場の人は帳面を閉じた。
帳面の上では、袋は軽くなっていなかった。
広場では名前が歩いていた
その頃から、町では奇妙な会話が増えた。
「袋は軽くなっていない。」
「でも家へ帰ると中身は減っている。」
「それは袋の話ではない。」
「私は袋ではなく夕飯の話をしている。」
話は毎回そこで終わった。
誰も相手の言葉を否定してはいない。しかし誰も同じものを見ていなかった。
役場は帳面を見て話した。
住民は食卓を見て話した。
帳面には名前が並ぶ。
食卓には皿が並ぶ。
皿は名前では満たされない。
やがて町には新しい知らせが届いた。
白い封筒だった。
「袋が軽くなった分を、別の日に少し返します。」
広場は少し明るくなった。
封筒を受け取った人もいた。
受け取らない人もいた。
それでも袋は配られ続けた。
袋は変わらず軽かった。
町では封筒の話が袋の話を追い越した。
- 袋はいつも先に渡る。
- 封筒はあとから届く。
- 袋を持つ人と封筒を受け取る人は、必ずしも同じではない。
広場では封筒が目立つ。
台所では袋が目立つ。
その違いは誰にも消せなかった。
秤だけは黙っていた
町外れに古い秤屋があった。
店主は毎日、袋を量っていた。
客は少なかった。
秤は話をしないからである。
ある日、役場の人が店へ来た。
「その秤では何が分かりますか。」
店主は袋を載せた。
針が静かに止まる。
「重さです。」
「名前は分かりますか。」
「分かりません。」
「では、その秤は不十分です。」
店主は少し考えた。
「名前を量る秤は見たことがありません。」
役場の人は帰っていった。
秤は翌日も同じ数字を示した。
数字は誰にも遠慮しなかった。
町では帳面を信じる人と秤を信じる人がいた。
互いに相手をうそつきとは呼ばなかった。
ただ見ている物が違った。
帳面は名前を守る。
秤は重さだけを守る。
最後に残った一枚の札
何年も過ぎた。
子どもだった者が大人になった。
広場の会話は昔と変わらなかった。
「袋は軽くなっていません。」
「でも持つと軽い。」
「名前が違います。」
「私は重さを話しています。」
その年、役場は新しい札を掲げた。
札には大きく書かれていた。
「正しい名前を使いましょう。」
人々は札を眺めた。
そして買い物へ向かった。
店で袋を開ける。
中身は去年より少しだけ少なかった。
帰り道、誰かが札を振り返った。
札は何も間違っていなかった。
だからこそ、その町では、袋が軽くなった理由よりも、袋を何と呼ぶかの方が長く語られ続けた。
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